第14話 再会
「さて、いつまでもここで見ているわけにもいくまいし、君から聞いた話と今の光景でなんとなくはわかったが次はどうするかね?」
「次ですか? まぁ、おっしゃる通りここにいても特に何かあるわけでもないし……かといって本館に? いやでも……あそこは別に大した話が聞けるわけでも……」
次はどうする? ヴォルフさんの簡単な問いは今の俺には難問だ。そもそもマーサ王女のことを調べるにしてもおひざ元であるアカデミーをウロウロしていたら怪しまれるし、いやそれはもうしているのか。しかも本人とすれ違ってしまったし……かといってこのまま出るのもなんか違うような……
「ちょっとそこの人! ここで何をしているのですか! ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
考え込んでしまったら後ろから凛とした声で注意されてしまった。そういえば俺もヴォルフさんもアカデミーの制服も来てなければ別に正装でもないラフな格好しているし、どう見ても学生には見えないことを今気づいた。
「すみません。自分たちは用があってアカデミーを訪れていたわけでして別に怪しいものでは……」
素早く振り返りながら猛烈に弁明をする俺。どう見ても胡散臭いと思う。
「って、あれ? もしかしてライナス先輩ですか?」
「……へっ?」
でも相手の反応は俺が思っていたのとは違うものだった。とりあえず、振り返って弁明することしか考えていなかった俺は相手のことをろくに見ていなかったが、よく見ると相手は見知った人物であった。
「君……ミリエラ君か?」
ショートヘアーに茶色いネコ科を思わせるような丸い瞳。女性にしてはそこそこ背が高くアカデミーの制服をビシッと着ているその堅苦しさはアカデミー時代の後輩ミリエラ・ブランに違いなかった。
「はい、そうですけど……先輩こそ珍しいですね? アカデミーに何か御用でも?」
先ほどまでの不審者に対するような態度は崩れ、今は懐かしい昔の柔和な態度となったミリエラは隣のヴォルフさんをうかがうようにしながら尋ねてきた。
「まぁ、そうだね。実はこの人にアカデミーを案内していて、その過程でちょうど新しくできたこの研究棟に来たんだ」
我ながら何とも白々しいが、別に嘘ではない。
「あっ、そうだったんですか。先ほどはそこの人だなんて言ってすみません!」
「いや、気にしてないよ」
特に疑いもしていない彼女に何やら罪悪感のようなものが芽生えているが、特に気にしてはいけない。
「ところで、その方は一体どちら様ですか?」
そしたら何気なくズバッと訊きにくいことはっきりと聞いてきた。そういえば彼女は何でもずけずけというタイプであったか。
「あっ、えーと」
ヴォルフさんのことを正直に言うべきかどうか。正直、彼女の性格からして他人に言いふらす方ではないが万が一ヴォルフさんの存在がアカデミー内に広まった場合大丈夫だろうか?もし、今回の事件にマーサ王女が関わっていたら、ヴォルフさんが王宮に呼ばれたことも知っているだろうし、探られていると感じるかもしれない。いや、でもそんなことは気にしないかもしれないし、ヴォルフさんはここの卒業生だから別にいてもおかしくはないし、うーん……
「ああ、自己紹介が遅れたね。私はカールスライト・ヴォルフ、しがない冒険家だよ、お嬢さん」
あっ、俺が考えているうちにサラッとヴォルフさんが自己紹介をしてしまった。
「ええ!あのカールスライト・ヴォルフさん! “青のカール”で知られるあの!」
そしてミリエラはヴォルフさんのことを知っているようでびっくりと嬉しさがにじみ出たような声を上げながら両手で大声を出してしまった自分の口を覆っていた。
「おや、私のことを知っているのかね?」
「はい! 冒険家のヴォルフさんのお話は私たちアカデミーの学生にとって憧れなんです! 特にヴォルフさんの著書「裏東南アジア紀行」は大人気で私も何件も書店を回って買ったくらいですから!」
おおう、思った以上にミリエラはヴォルフさんのファンのようだ。まあ、自分もその本を知り合いの書店員に頼んで取り置きしてもらったほどだから人のこと言えないけど……
「それは嬉しい限りだ。私もあの本には思い入れがあってね。特に表と裏双方のメコン川ではそれはもう大変な思いをしたが、それと同時に貴重な経験も出来た。今となってはあの時の苦労も良い思い出だよ」
「そうだったんですね! あの、ヴォルフさん、もしよろしければもう少しお話しさせていただくことはできませんか!」
この近くに自由に使えるラウンジがあるんです!
そう言って目をキラキラさせるミリエラに対し、ヴォルフさんは「よかろう」と言って頷いてしまったので、三人でアカデミーの研究棟から歩いて三分ほどの距離のところにある学生寮一階のラウンジに場所を移すことになった。
それから一時間にわたりミリエラはヴォルフさんの話を聞いた。ヴォルフさんも良い反応をする彼女に喜んだのか身振り手ぶりに加えて、高度な幻影魔術まで駆使して当時の再現を行った。それを聞いた彼女はもう食い入るように、俺の知っている真面目で堅苦しい雰囲気のある後輩とは似ても似つかないほどのはしゃぎぶりであった。
まあ、俺も本では書ききれなかった冒険の裏話が面白くて彼女と同じように話に熱中してしまったわけであったが……
「本当にすみません! お話に夢中になってここまでお二人を拘束してしまうなんて!本来ならゆっくりと散策するおつもりであられたと思いますのに!」
お昼を知らせる鐘が鳴ったところでハッと我に返ったミリエラは申し訳なさそうに言った。
「いや、気にする必要はないよ。私も久しぶりにゆっくりと話すことが出来て満足だ。君も別に怒っていないだろうライナス君」
「ヴォルフさんのおっしゃる通りだよ、ミリエラ君。俺もヴォルフさんの話が聞けてある意味満足しているから気にしなくて良いよ」
「そ、そうですか。それはよかったです」
そう言ってミリエラは多少落ち着いたようだ。
「ところで、ミリエラ君。君はあそこで何をしてたんだい? あのときは特に気にもしなかったけど、科学棟は君の専門である水流操作系統の魔法とは関係なかったんじゃないかい?」
俺の記憶が正しければ、現在科学棟と提携して行われている天候関連の水魔術とは毛色が違う。
「先輩、覚えていてくださったんですね、私の専門。もう二年も前のことですし、先輩のことですから忘れていると思ってました」
サラッと言われる寂しい言葉。ミリエラよ、俺はそこまで薄情な奴ではないよ。
「まぁな、君とはなんやかんや長い付き合いだったから」
「私というより姫様とでは?」
「おい、そう言うなよ。俺はちゃんと君とも良い交友関係を持っていたつもりだ」
「そうだったんですね、意外です」
ちぃ、久しぶりに昔みたいな会話をしたが、こいつにはあまり良い感情を抱かれていなかったようだ。俺、そんな適当に接しただろうか?
「あー話が盛り上がっているところすまんが、ところでライナス君と彼女はいったいどうゆう関係なんだい?」
おっと、ついミリエラと話してしまい、すっかりヴォルフさんのことを失念してしまった。
「そういえばさっきまでヴォルフさんばかり話していてそのことは触れてなかったかもしれませんね」
俺がそう言うと、ミリエラがあわあわしながら言った。
「す、すいませんヴォルフさん! お話を伺っておきながら自己紹介も中途半端だったなんて、これはとんだ失礼を!」
「んー別に気にしてないから構わんのだが……ライナス君、彼女はいつも、こうなんかあるとわちゃわちゃとしていたのかい?」
「あーわちゃわちゃが正しい擬音かはわかりませんがあんな感じだったよーな」
「ちょっと! そこは違うと否定してくださいよ!」
そして俺の反応にまた声を荒げる彼女を見て、俺がまだアカデミーにいた時と彼女の様子が変わっていないことにほっこりとしている自分がいる。
「えー、おっほん! とりあえず、自己紹介します! 改めまして、ミリエラ・フランです! アカデミーの魔道学科六年、専門は先ほど先輩が言いましたが水魔術です!」
「それで、俺とはあれです。まぁ、学院時代の後輩でして……」
「リエーラ姫様つながりで知り合いました!」
「うん? リエーラ姫? 君、リエーラ王女とお知り合いなのか?」
そう聞いた時のヴォルフさんは少し驚いたような顔をした。確かに、ふつうは姫様と知り合いにはならないからなぁ……
「ええ、そうです。リエーラ王女……いえ、リエーラ様は俺の二学年下でして、四年生の時にリエーラ様が俺が教授の手伝いをしていた精神魔術の講義を履修なされたので……」
そして俺は、ヴォルフさんに自身の過去について語りながら当時のことを話すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます