第45話 忠義の為に
すかさず辺りに目を配り、いつでも魔法を放てるよう手を前方に突き出した。
だが、予想に反して誰もいなかった。俺の目の前には今度は長い廊下がまっすぐ続いている。
「何よ、誰もいないじゃない」
俺の後に入ってきたセライナがそう言った。
「てっきりここで待ち構えてるもんだと思ったのに、拍子抜けね」
「そうだな。でも、どっかに隠れてるかもしんないぜ」
「隠密魔法ってわけ? あのいつも正々堂々言ってる魔法騎士が?」
「可能性はゼロじゃないだろ?」
俺達は万が一誰かが隠れていることに備えて、慎重に進むことにした。
けれでも、いくら進めど誰とも遭遇しない。
「妙ね。ここまで一本道が続いて罠の一つもないなんて」
感知魔法を唱えたセライナが首をかしげる。
ここまで続く奇妙な状況に対し俺は――ある可能性に思い至った。
「……そういえばさっきヨハネス達の会話で気になることがあったんだが」
「何よ」
「あいつら、もうこれ以上先に進ませるわけにはいかないって言ってなかったか?」
「……そういえばそんなことを言ってたわね。でも、それって既に一度何者かに進まれたってこと?」
「その可能性があるってことだ。思えば、あんな迎撃がしやすいところにヨハネス含めて九人しかいないってもの妙な話だ」
「じゃあ、私達より先に行った誰かさんが連中を倒したと?」
「ああ、しかもついさっきだ。おそらくヨハネスが俺から魔石を奪うまえ。悔しいがアイツがいたらそう簡単に事は進まないはずだ。しかも戦闘狂のアイツが見逃すはずもない」
「でも、そんな協力者がいたらなんで私達と協力しなかったのかしら? ここに残ってれば私達の情報くらいいくらでも手に入ったのに」
「そのことに関しては分からないけど、もしかしたら……待て、セライナ……あれ」
俺は目の前に現れたモノが自分の予想が当たっていることを示していた。
「……これは、随分と派手にやったみたいね」
セライナが顔をしかめて、目を背けた。俺だってそうしたいくらいだ。
廊下を進んでいた俺達の目に飛び込んできたのは無残にも殺された騎士達の死体だった。見える範囲で十人はいるだろう。いずれも、剣や魔法による攻撃を受けた痕跡がある。
俺はそのうちの一人に近づいた。
「おい、これ見てみろよ。プレートアーマーがまるでバターみたいに奇麗に真っ二つだ。どんな事すればこんな芸当が出来るんだ?」
「少なくともただの騎士ってわけじゃないわね」
「ああ、しかもほかの連中も見ればわかると思うけど、ほとんどが一撃でやられている。仮にも王子の子飼いの騎士連中だぞ?今の騎士団の連中と比べても実力者ばかりだというのに……」
こんなことが出来る奴が俺達より先に来ている? 誰だそれは? ――いや、待て。
「一人いるぞ……これが出来る奴に」
「……私も思い当たる節があるわ。でも、だったら猶更私達と協力しない理由が分からないわ」
「あの人のことだ。自分一人で決着をつけたいのだろう。つくづくあの役職には向いてなかったってことだよ」
「貴方が原因かもしれないわよ?主に姫様の件で」
「そんな理由で単独行動をとられたら困るよ。騎士団長エドアルド……」
俺は物言わぬ死体で満ちた廊下の先にいるであろう団長に毒づいた。
古代の魔法実験場は特殊な構造をしている。地下数十メートルに位置するこの場所を直接見ることが出来るとすれば、さながら聳え立つ塔のように見えるだろう。塔の最上階にあたる部分に実験場があり、万が一魔法が暴走したとしても地上へは形容が及ばぬよう塔そのものに魔法陣が常時展開していて、吹き抜けとなっている下層にのみ魔法が進むようになっている。塔の最下層に出入口が設けられ、そこから結界で覆われた階段を登ることで入り口となってる魔法省へと行くことが出来る。
最上階にある実験場は円錐状で、天井から魔力を供給する巨大な魔石が吊るされている。部屋の隅には魔法を正常に管理することが出来る装置、傍目にはモノリスの様に見えるものが四隅に一柱ずつ設置され、部屋中央に展開する魔法陣と魔力の線でつながっている。この魔法陣を術者が行使したいものに書き換え、モノリスで管理することで魔法を扱うことが出来るのだ。
現在、魔法陣の上には棺の様な寝台が作られ、リエーラ姫が寝かされている。その顔は穏やかに眠っているようだが、顔色は青く、まるで蝋人形の様であった。その右手の中指には魔法の起動に必要な魔石の指輪がはめられている。
リエーラ姫を見下ろすのは『魔人再臨』を行う術者、第一王子ランドルフその人である。
「魔力の充填はどうだ?」
ランドルフがモノリスを操作する魔導士の一人に訊いた。
「はっ、およそ八割、と言ったところでしょうか。あと三十分もすれば起動に必要な魔力は集まるかと……」
「そうか、なら良い。作業に戻れ」
魔導士はかすかにうなずくと魔法制御に戻った。
「三十分……それでこの世界は変わる。いや、元に戻ると言うのが正しいのだろう」
ランドルフは眠るリエーラを見つめた。
「俺を恨むなよ。これは大義のためだ。王族として民に出血を強いる以上、その身をささげるのは避けては通れぬ道なのだ」
彼の言葉はリエーラに語るものというよりか自身に言い聞かせているものだった。
その時、実験場に通ずる扉が開いた。
「何事か、如何なることがあろうともここへと立ち入りは禁止されているぞ!」
モノリスを操作していた魔導士の一人が声を荒げて扉に立つ人物に近づいた。だが、その人物は答えない。
「貴様、聞こえないのか! これ以上の行為は陛下に反逆する……」
魔導士は言葉を続けない。何故なら自らの頭部が体と切り離されてしまったからだ。宙を飛ぶ首はまるでボールのように部屋を転がる。
「なっ、お前は!」
他の魔導士達も作業を止め、突然の来訪者に目を向ける。
「〈爆炎弾〉」
来訪者から放たれる魔法。それは正確に魔導士の一人に当たり、体を爆ぜさせる。
残りの魔導士達は逃げるように部屋の後方に下がるが、瞬時に距離を縮めた来訪者に剣で一閃、すぐに血をまき散らし崩れ落ちる。扉を開けてからわずか数秒の惨劇だった。
部屋の生存者は二人。王子ランドルフと――来訪者騎士団長エドアルドのみとなった。
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