第50話 英雄対英雄


 剣、斧、槍、弓とあらゆる武器が私に向けられる。このヨハネスという男“万能”の二つ名に恥じぬほど多彩な武器を器用に操るものだ。


 私は感心しつつも、一発でも当たれば命を持っていかれるであろう攻撃を躱していく。


 幸い、この男の攻撃は単調だ。おそらく、無数の武器を同時に扱っているからこそ、反対に一つ一つの動きを複雑なものにすることが出来ないのであろう。


 だが、単調と言っても攻撃の精度、速度はどちらも達人の域にある。僅かにも気を抜いたら躱すことは出来なだろう。


 狭い通路を右に左、ライナス君達を見送ってから果たしてどのくらいの時間、私はこうしているのだろうか?


 時折、相手の攻撃の隙に合わせて反撃を試みるがどの角度から仕掛けてもいずれかの武器に阻まれている。


 これ以上この通路にいたところで埒が明かない。


 私は投擲され斧の動きに合わせて槍を持って突進してくるヨハネスに対し、あえて斧を避けずに受け止め、こちらの回避を想定した槍による一撃を躱すと、一気に通路から身を投げた。


 「吹き抜けで助かった……」


 さすがにこの行動は予想外だったのか彼の気を一瞬でもそらすことが出来て良かった。


 だが、そう簡単に逃してくれるつもりはないらしい。


 落下する私が上を見ると、彼も同じように飛び出してきた。


 「ほら、コイツは躱せるかな?」


 ヨハネスは挑発的な笑みを浮かべ空中にも関わらず器用に弓で狙いをつけた。

 あと数秒で下に着くというのに悠長なことだ……


 私は彼の一撃をブラフと判断し、着地姿勢を取るべく魔法の詠唱を始めたが……

 「……! おっと、これはしまった」


 いくら何でもこのタイミングで仕掛けてくるとは思わなかったが弓はおとりで忍ばせていたダガーが円を描くように投げつけてきた。


 奴の右手に注視しなければ食らっていただろう。私は首元に命中する寸前「光弾」でダガーをはじいた。彼のことだ、毒も塗ってあることだろう。


 「〈頑強脚〉」


 私は足に強化を施し、まっすぐ着地した。ヨハネスは、私の様な身体強化魔法でなく、風魔法を用いて、優雅に一つ上の階に降りたようだ。



 「下に降りたようだが、まさか逃げるってんじゃないだろうな?」


 「まさか、君との決着はつけよう。ただ、あそこでは少々手狭ではないかな? ここの方が伸び伸びと戦えると思うが、どうだい?」


 「悪い提案じゃないが……それだと俺の方が圧倒的に有利だと思うぜ?」


 「それくらいのハンデを与えないと君にも不公平ではないかな?」


 「カーッ! まだまだ余裕ってわけか? じゃあ、遠慮なくいかせてもらうからなぁ!」


 そう言うと奴の背中の腕が伸び始めた。ほほう、あれは伸ばせるものだったとは知らなかった。


 特に弓を持たせている二本の腕はグングンと伸び、その長さは五メートルほどまで達した。。


 さて、私の頭上まで一気に伸ばし何をするのか。お手並み拝見といこう。

 「〈千本矢〉」


 頭上から降り注ぐ雨の如き魔力の矢。今までとは違い受け流しは難しいか……

 「〈魔力盾〉」

 だが、相変わらず私の盾を貫通するほどの威力はない。速度に力を入れているのか?


 「なんだ、同じ手ではないか。もう、他に出来ることはないのかね?」


 「まさか、そんなわけねぇーよ。今までが手加減してたのさぁ。〈蛇竜剣〉、〈破壊斧〉」


 彼の持っている剣が蛇腹状になり高速でこちらに飛来してきた。続けて、斧で床をたたき割り、その衝撃波が同時に向かってくる。


 「ふむ、これは中々……」


 〈魔力盾〉は一方向にしか展開できない。伸びる腕と合わせて不規則に近づく剣をどうさばくか、それに合わせて迫りくる衝撃波は例え私が剣を捕えても、傷を負わせる魂胆か。そして、盾を解除すれば矢が降り注ぐと、いわば三重の構えという所だろうな。


 「さぁ、どうする? どれを防いでもいずれかは食らっちまうぜ?」


 ヨハネスは私の状況を不利とみているのか随分と楽しそうであるな。私がこれを避けれないとでも思っているのか?


 「……見くびられたものだ」


 私は片手で左腕に盾を展開しつつ、迫ってくる奴の剣に備えた。


 矢の雨が降り注ぐ中、高速で近づいてくる奴の腕。だが、複数の攻撃には神経を使うのだろう。動きがパターン化されていて読みやすい。


 奴の剣は私を背後から突き刺すように見せかけ、素早く前に回り込むと首筋めがけて飛んできた――が、私はそれを右腕で捕まえた。


 「かかったな!」


 だが、私のその動きに合わせてシュルシュルと蛇のように剣がうごめき、腕にまとわりついてきた。無論、刃が肌に食い込み出血する。だが、それよりも動きを拘束された。


 「ほら! こいつぁ避けられるか!」


 そこに〈破壊斧〉の衝撃波が迫る。これに合わせるため、斧による攻撃を最後にしたのだろう。例え個の流れを読めていても普通なら動きを止められ、食らってしまうだろう。


 ……普通ならな。


 「そぉれぇ!」


 私は腕に剣が食い込むのも気にせず思い切り剣を引っ張った。すると、当然のように持ち手の腕も引っ張られる。


 「うぉ!」


 すると、ヨハネスも引っ張られるという寸法だ。彼は自らが放った魔力の矢の下に引きずり込まれた。


 「ちぃぃ!」


 ヨハネスは自ら〈千本矢〉を解除する。すると、私は盾を衝撃波に向けることが出来るようになった。


 激しい音と衝撃が盾を襲う。だが、壊すまではいかない。この攻撃が本命のようだが、やはり速度を重視するあまり威力が低いな。


 そうこう思っていると腕にまとわりついた剣が離れて行く。私と同じ階層に落ちた彼は次にどのような一手を繰り出すのだろうか?


 「まさか、あの連続攻撃をこうも簡単に返されるとはな。あの速度の攻撃の中、よくもまぁ冷静な判断が出来る」


 「見た目ほど慌てるほどの攻撃ではないからな。あの程度でたじろぐようなら二流と言ったところだろう」


 「はははっ……流石にその煽りは傷つくぜぇ?」


 「おやおや、君にとっての全力だったのならすまない。あまりにも単純な攻撃だったせいかあくまで様子見だと思ってしまった」


 「……ほう、じゃあ本当の全力ってもんを見せてやろうかぁ?」


 スッと彼の纏っていた雰囲気が変わった。先ほどまでは興奮の色が見えたが、今は非常に落ち着いている。ただ、私に鋭い殺意をぶつけてくる。


 おやおや、怒らせてしまったかな。では、ここからが本番か。

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