第51話 ”万能”の全力


 ヨハネスが息を吸うと、背中から生えている腕を剣で一気に斬り落とした。


 自傷行為――には見えない。何かしらの意図がある。


 「へへへ、こいつは俺への負担も大きいからやりたくねぇんだがよ。あんた相手にはそうも言ってられねぇからな」


 斬り落とした四本の腕がグネグネとうごめき始めた。


 ズズズッズズズッ


 うごめく腕のうち二本はくっ付き、残りはその場でジタバタと跳ねると今度はブクブクと音をたてて膨れ上がる。


 それは大きな球体となるとパンッと弾けた。


 中からそれぞれを武器を持った人型が姿を現す。


 全身は真っ黒で、まるで影絵が実体化したかの様だ。出現した人型は三体。三体のうち、二体は平均的な成人男性と同程度身長、残りの一体はそれよりも頭二つ分長身だ。


 長身の奴は弓を、残りはそれぞれが槍と斧を持っている。


 「〈影人形〉ってやつでな。完璧とは言えねぇが俺の戦闘力をほぼそのまま備えている。これから楽に逃げられると思うなよ?」


 ヨハネスが言い終わると同時に人形達が動き出す。


 まずは槍持ちの突進。さっきとは比べ物にならない速度だ。


 だが、まだ躱せる。私は攻撃を左に受け流す。そこに間髪入れずに振り下ろされる斧。


 「〈魔力篭手〉」


 腕に防具を纏い、横に逸らすように受け止める。


 「……ぬぅ!」


 当たる直前に上手く逸らすことが出来たから問題ないが、それでも中々の威力だ。先ほどの身体強化魔法を解除していれば腕を斬り落とされていたかもしれん。


 だが、安心もしていられない。槍持ちの薙ぎ払いが胴を狙ってくる。


 「〈風神脚〉」


 風を起こして飛び上がり、横薙ぎを避ける。


 だが、避けた目の前には弓持ちが狙い定めているのが見えた。


 放たれる一矢。それは瞬時に私と距離を詰め、瞳に迫る。


 「くっ……!」


 やむを得ず左手で受け止める。矢は〈魔力篭手〉を貫通し、手の甲に突き刺さる。

 手を襲う激しい痛み、だがこれからの戦闘行動に支障はない。


 しかし、そこで一瞬私は痛みにより考えることを止めてしまった。


 気づいた時には眼前にヨハネスの蹴りが迫っていた。


 「おおっ」


 思わずうなってしまうほどの綺麗な飛び蹴り。


 直後、頭を襲う衝撃。体はろくに受け身も取れずに後ろに飛び、強かに床へと叩きつけられる。意識が一瞬遠のいた。


 ヨハネスの攻撃は止まらない。私を蹴った勢いそのままに剣を振りかぶり倒れている私を突き刺そうと飛びかかる。


 彼の強烈な一撃は、先ほど唱えた〈風神脚〉のおかげで横に飛びのき食らうことなく済んだものの、頭はズキズキと痛み、背中にも落ちた衝撃の痺れがあるほどだ。


 「どうだ? 俺の本気はあんたにも効いただろ?」


 立ち上がる私にヨハネスが挑発的に話しかける。


 「まぁまぁ、と言ったところだ」


 「強がりを……まぁ、すぐにそんな口きけなくしてやるよ」


 彼の攻撃はここから速度が上がった。


 槍、斧、弓、と人形の連携攻撃に加え、ヨハネス本人による体術を交えた一撃。


 速度が増したとはいえ人形の攻撃は腕の時と変わらず単調なため読みやすいが、流石にヨハネスはそうもいかない。


 思わぬところから繰り出される拳に蹴り、剣による攻撃は人形達の存在も相まって完全に避けきることは出来ない。


 何度かの攻防のうち、私の傷は増える一方だ。


だが、ヨハネスも無事ではない。これほどの人形を操る魔法の代償が少ないなんてこともあるはずがなく、戦いが続くにつれて彼の消耗が先ほどよりも早いことが見て取れる。


「どうだ、そろそろ降参する、とでも言うか?」


脂汗を流しつつも余裕を見せるヨハネス。


「それは君の方ではないかな? 顔色が優れないようだが?」


「あんたにだけは言われたなくないぜぇ」


全身切り傷だらけで、頭から血を流す私が言っても説得力はないか。


ふむ、どうしたものか……


「なぁ、いい加減武器を使わねぇのか?それとも、そんな状態になってもまだ本気はだせねぇとでも言うつもりか?」


「武器?」


「その腰に差しているやつだよ」


ヨハネスが私の腰の右側を見ている。どうやら気づかれたようだ。


「別に使わないつもりでもないがね。見せたところで君ががっかりするかもしれないぞ?」


「どんな武器でも構いはしねぇ。そろそろ、あんたの素手の姿にも飽きがきたんだ」


「そうかね。では、遠慮なく使わせてもらおう」


 まさか、これを使うことになるとはねぇ。サッと一本の短剣を取り出す。


「ほぅ、それがあんたの一番の武器ってわけか?」 


「短剣で残念だったか?」


「いいや、俺も初めて手にしたダガーが今でも一番の得物だ。そんなこと気にはしねぇよ」


 そう言うと、彼は持っていた剣を投げ捨て、腰に差していたダガーを構えた。


「さぁ、強がりはそろそろやめようじゃねぇか。あんたにはバレていると思うが、こっちもそろそろ限界なんでね。名残惜しいが終いにしようぜぇ」


「ああ、それは私も同感だ」

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