第3話 一日の終わり、全ての始まり
一日の仕事が終わり、引継ぎを夜勤のハインリヒとケルシャーの二人に任せると俺とロッドは倉庫を出た。
ロッドは倉庫を出ると用があると言って、そそくさといなくなってしまったが、あの去り際のにやけ面、おそらく前にハインリヒと話していたいかがわしい店に行くのだろう。全く元気な奴だ。
倉庫を出て街に戻ると、あたりはすっかり暗くなっていた。ただ、周辺諸国に比べ魔法技術が発展しているカルナードでは数十年前から魔法灯が普及していることもあって、夜でも街中はまるで昼間のようだ。
夜も明るいのだから、日が沈んだとしても街には活気があふれている。とりわけ王都には近隣諸国から大勢の人が訪れることも関係して、多くの飲食店が軒を連ねている。この時間帯は少し歩くだけでも客引きに声を掛けられるくらいだ。
ただ、表通りの店は観光客目当てということもあってわりかし値段が高く設定されている。俺みたいに日々の食事を外ですませている様な奴にとって、そうした出費は抑えたい。
そこで表の洒落たレストランよりも、一本裏通りに入った安めの大衆食堂に行くのが基本となってくるのだ。
カランコロン
「いらっしゃいませー」
今日は、王城を出て十分ほど歩いた、表通りのすぐ裏にある食堂に入った。ここの利用客の八割は近場の大工で、彼らをターゲットにした量が多くて値段が安いメニューがこの店の売りだ。最近は週に二、三回はここで食事をとっている。
「いらっしゃいライナスさん。今日は何にしますか?」
給仕のミラが話しかけてきた。
「ああ、そうだな。いつもので……」
「わかりました。いつもので……ってそれってお任せってことじゃないですか!」
「そうだ、そういうことだ」
にやりと笑ってやった。
「…まったくもう、ここに来てからの最初の数回しかまともに注文してないじゃないですか」
「そりゃ、君が前に来た時に『何食べるか悩んでいるのなら何かおすすめの物持ってきますね』って教えてくれたからじゃないか。だから、俺はそれを頼んでいるのさ」
「それは、そう…言いましたけど……あの時はこうなるとは…」
「でも、あの時は『いつでもそう言って構いませんから! (ニコッ)』って言ってくれたじゃないか」
「ぐぬぬ、わかりました。私としてもその言葉を覆したくありません! 今日も、何か適当に持ってきますから!」
そういって彼女は踵を返し厨房へと戻っていった。
「よろしくな!」
俺は朗らかに返すのであった。こうした様子を傍からみたらどう映るのだろうか。やはり迷惑な客なのだろうか?
だが待ってほしい。俺のように毎日の食事をほぼこうした食堂に頼っている者からするとつい同じものを頼みがちなのだ。
そうすると味に飽きてくるし、健康にも良くない。
そこで第三者に任せる事で食事に不規則性を生んでいるのである。これは俺みたいな生活を送る人が多様な食事を簡単に味わることが出来るベストな選択肢なのである。決して、メニューを見て品を決めるのが面倒なわけではない。そこは間違えないでほしい。
俺はそんな下らない弁明を考えながら、他の客の様子を眺めた。
食堂にいるほかの客は俺を気にすることもなく、ただワイワイと仲間同士で楽しく酒を飲んでいるみたいだ。いつもと何ら変わらない食堂の風景。
そんな当たり前の光景を眺めつつ、俺はぼんやりと明日も同じような一日を過ごすのだろうと思った。。
「ライナス・クルトナーだな」
不意に俺は後ろから声が掛けられた。
この声が掛けられるまで、俺は明日も同じようは一日を過ごせるはずだった。
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