第2話 とある倉庫番の平凡な一日②

 何故“この国で最も恐ろしい場所”だと簡単に言いきれるのか?


 これに関しては俺だけでなく、いい加減で時間さえ見つければすぐにサボっちまうロッドさえ言ってたことだ。

 

 その理由は簡単だ。何故なら対処法も知らずにこの場所に居続けると精神が狂ってしまうからだ。

 この倉庫は今では失われたはるか昔の高度な魔術で建造された。だからどんな原理が働いているのかは知らないがここに居ると様々なおかしな現象が起きる。


 まず、時間の感覚がおかしくなる。

 倉庫内では時間がゆっくり進んでいるように感じるようで、自分では三分程度しかいなかったつもりでも外に出ると三十分ぐらい経過していることはままあった。実際、俺が初めてここで働いた時も似たような経験をした。


 しかもこれはマシな方であり、酷いと何日も何週間も経過していることがある。しかも、それを倉庫にいる限りは自覚することもなく、外に出ると急速に失った時間を取り戻すかのように体にその感覚が戻ってくる。

 下手すると、それだけで精神がぶっ壊れてしまう。


 次に、倉庫から出られなくなることがある。

 自分は経験したことはないが、管理室や休憩室を出て、倉庫の奥、特に下層に進むにつれ方向感覚がなくなり、自分が今どの階にいるのか、階段を上っているのか降りているのか、それすらわからなくなることがあるそうだ。


 そして、何時までも同じところをぐるぐると徘徊し、やがて衰弱してしまう。

 そんな事例が過去に何件もあったそうだ。


 だが、この二つよりももっと恐ろしいのが別の次元に迷い込んでしまうことがあること。

 これは人伝に聞いたことにすぎないからホントかどうかは分からないが、この倉庫には無限に部屋を造れるように次元をいじっているとの噂があり、その影響からか次元の裂け目が生じることがあるという。


 うっかり次元の裂け目に迷い込んだ者は別の次元に飛ばされ、戻ってこれなくなる。例え自分が迷い込まなくても他の次元から何かが迷い込んでくることもあるらしく、そうした得体のしれない何かと遭遇するだけでも精神が狂ってしまうらしい。

 

 そうしたこともあって、倉庫に入るには専門に訓練を受けた管理人と一緒でなければならず、その管理人も不用意に倉庫の奥には行ってはいけないことになっている。

 こうした話の大半は噂の域を出ておらず、大方、古代文明の遺産であるこの倉庫を気味悪がっているうちに出来たものだろう。


 まぁ、そんな噂など関係なく便利だからと毎日ひっきりなしに利用者が来ることから管理人をやっているこっちとしては、そんな噂なんぞ気にしている暇もないのが実情であるけど。

 特に……今、部屋に向かうまでの間俺の横を歩いている魔法庁の職員であるセライナ・ハーソンなどは最も俺をこき使っている奴であり、おかげでこっちはゆっくりと考え事をする暇さえない。

 そうした恨みの籠った視線を向けていたら彼女もそれに気づいたのか鬱陶しそうに半眼で見てきた。


「何よ?」

「別に、何でもないさ。ただ、こう毎日、毎日、飽きもせず魔法省と倉庫を行ったり来たりとご苦労なことだなと思っただけさ」


「別に私だって来たいわけじゃないわよ。ただ、物忘れの激しいお疲れの局長となんでもかんでもすぐに整理整頓してしまう主任が資料をめちゃめちゃにしちゃったからどこに何があるのかわかんなくなっちゃったわけ。それで、あれを取ってこい、それを仕舞って来いって人を雑用係みたいに使うわけよ! あーあーやだやだ! 考えるだけでやんなるわ! 大体、常日頃から怠けてないでしっかりしてればこんなことにはならなかったのよ! それに主任だっていつも仕事していれば何が必要で何がいらないかだって判断出来るはずよ! それを! いつもいつも、デスクに座ってのんびり自分あての私用の手紙を整理なんかしているからこうしたことになるのよ! それにローラもいつもいつも何を考えているいるのかもぉー!今日のこれだってあの子が……」

 

 しまった。また何かのスイッチを押してしまったようだ。こうなると止まらないんだよなぁ。


 「そもそも、王子派に配慮しなければならないだの、王女派とは対立したくないだのとご機嫌取りばっかりするから仕事の手間が増えるのよ! そんな事さえ気にしなければあたしだって本当は今日休みなのよぉぉ!」


 休憩室を出て、目的の改装に向けて階段を降り始めてから少し、そろそろ部屋に着くころだけど声をかけるべきだろうか。それとも、話に熱が入り身振り手振りを加えながら時折、主任とやらの物真似をしている彼女をもう少し見守るべきなのだろうか。


 うーむ、こまった。しかし、今俺の前にあるのは「2152」と書かれた部屋のプレートしかない。これはどうしたものか。俺が考えていると隣から突然肩を揺さぶられた。


 「ねぇ、聞いているの!」

 「ああ、勿論だとも。大変だなぁ」


 やむを得ん。ここはその場の成り行きでいこう。


 「ほんとよ、それでどれだけ、あたしが苦労しているか……あっそうだ!」


 いきなりセライナが立ち止まった。どうしたんだ?


 「ねぇ、今の私、どう見える?」


 そういうとセライナは俺から少し距離を置き、全身が良く見えるようにしてこちらを見てきた。


 「えーっと。それは一体どういう……?」


 正直なところいきなり何がしたいのかわからなくなったぞ。倉庫にかけられている古代魔法にでもあてられたのか?


 「私は今、輝いて見える!? 仕事に打ち込む立派な魔導士に見える!?」


 えーっと、本格的にどうしてしまったんだこいつは?

 だが、まあぁ何となくわかってきたぞ。これでも二年以上の付き合いだ。おそらく、今の自分の現状と理想としてきた自分の姿との乖離で葛藤しているのだな。それで俺に今の自分がどう見えるか聞いてきたのだな。


 どれ、ここは自信を取り戻させるためにも立派であると言ってやらねば……


 そうやって改め彼女を見ると……どうだ。ぼさぼさなブロンドの髪を頭の後ろで束ね(たぶん普段はきれいなのだろう)、整っているとされる顔は、目の下に異様に濃いクマが出来(きっと休みの日はきれいな瞳が目立つのであろう)、よれよれの制服の袖口にはインクの黒いしみがついていた(見なかったことにしよう)。


これは……まぁ、あれだな……


 ひっでぇ顔してるなこいつ……


 えっ、ナニコレ、どうしちゃったんだこの子は?

 なんでこんなひどい顔して、ボロボロになっとるのだ?これじゃあ、去年引退した兵士長のヤーコブのおっさんの方がまだ元気に見えるぞ。


 ただ、うーん、まぁ、最近の魔法省はなんだか慌ただしかったからなぁ。俺も詳しいことは知らないけど、新たな禁忌魔法制定の話でごたついていたようだから。

 きっと。その影響だろう。

 

さて、何と答えようか……

 

 真実をありのまま話すか?お前の姿はまるでやつれたボロ雑巾のようだと?

いやいや、それはだめだ。きっと、深く落ち込むだろうし、そんなことを言ったら俺の命が危ない。


 では、どうするか。「いやいや、君はとてもきれいだよ! 何も心配することはない。君は今日もとても華やいでいるさ」とでも、言った方が良いのだろうか?

 いやいやいや、それもだめだ。とても嘘っぽいし、第一、俺がそんなことを言ったらとても気味が悪いだろう。


 うーむ、困ったなぁ。なんか向こうは「フゥー、フゥー」ってまるで追い立てられた猫みたいな声を出しているしなぁ……


「ねぇ、どうなのよ! 私、輝いているわよね!」


「ああ、うんそうだね。輝……やいているよ?なんかこう、ベテランの? 魔法省の職員らしさがでているよ。うん。まるで、長年働いてきた貫禄? というよりもあれだね、魔法省の職員らしい? 風貌になっているよ。そうそう、なんか頑張ってるな! って思えるような感じにさ」


 「そお? うーんならいいか……」


 ふぅ、どうにか乗り切ったようだ。セライナはまだあんまり納得がいってないような感じだけど、まあ、大丈夫だろう……たぶん。

 ともあれ、そうした心配も俺の杞憂だったようで、彼女も自分の頬をパンっと叩いて「そうよね。クヨクヨしてられないわ。集中、集中」と自分に気合を入れてからはいつも通りに戻ったようだ。


 結局、俺はセライナの仕事が終わるまで五分ほど部屋にいた後、彼女を外まで見送った。去り際に「いつもより忙しいみたいだな」と声を掛けたら、「今は何処も人手が足りないから全部仕事が回ってくるのよ」と物凄く疲れた目で言われた……


 それから、更に十分後、サボっていたロッドの野郎が戻ってきたから軽く関節技を決めた後、休憩室でのんびりすることにした。


 まあ、仕事終わりまでに二、三人倉庫まで連れていったからそう休んでばかりもいられなかったけど……

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