落日の魔法世界

青鹿毛進九朗

第1話 とある倉庫番の平凡な一日①

 「……誰かに頼られるような人になりたかったですね」


 俺は子供のころどんな大人になりたかったのかと尋ねられ、そう答えた。

 それは物心ついたころからの夢。どんなに年を重ね、周りから子供っぽいと馬鹿にされようとも、大人になってからはいつまでそんなことを……、とあきれられようとも、

 そう、ありふれた言葉で表せば、英雄ヒーローになりたかった。

 子供のころに見た、たった一人で山に棲む悪しき竜を退治し、華々しく凱旋したあの騎士のように……


 「……いろんな人からまるで友人の様に声を掛けられ、親しく接される。恥ずかしいですが端的に言えばそう、英雄になりたかったですよ」


 普段ならこんな恥ずかしい話をしないのだが、彼女にせがまれるとつい話してしまう。

 だが、俺のこんな安っぽい子供じみた夢を語っても彼女は笑わなかった。

 普段と同じようにニコニコと、笑顔で楽しそうに聞いてくれた。

 その瞳に嘘はなく、心から俺の話を真剣に聞いてくれるのだと確信できる。

 多分、彼女の穏やかな瞳が俺にこんな話をさせたのだろう。


――――――

 

 学生の頃はよく、馬鹿げた空想に浸っていたものだ。

 ある日、目が覚めたら不思議な力を身につけているとか、外を歩いている時に空から不思議な少女が舞い降りてくるとか、様々な陰謀に巻き込まれてワクワクと興奮に満ち溢れた大冒険に旅立つとか……

 しかし、現実はそう甘くない。朝起きたところで、自分の体は昨日寝る前と何も変わっていない。せいぜい、寝癖がついている程度だ。それに、空から少女が落ちてきたとしたらそれは夢物語の始まりではなく、単なる幻覚だ。もし、それが事実だとしてもそれは高いところから落っこちてきただけの事件であり、始まるのは冒険ではなく、落ちた原因を探る為の捜査になるだろう。


 つまりだ。現実にはスペクタクルな要素などなく、ただ淡々と毎日が繰り返されるだけなのだ。それがたとえ単調なものであったとしても、現実とはそういうものである。

 だからこそ人は空想し、ありもしない出来事を創造するのだろう。その点は間違いないと俺は思う。何せ、毎日が波瀾万丈な出来事の連続であれば、それこそ平和な何もない日常を思い浮かべるはずだからな。


 ともあれ、そうした何もない日々を過ごすというのはいささか退屈なものではあるが、普通に考えればその方が当然良いことに決まっている。スペクタクルな冒険というものに確かにあこがれはするが、冷静になって考えれば毎日、毎日休まる暇もなく、やれ何がどうしてこうなったから、あっちへ行ってこうしなければとか、向こうへ行ってこうしなければならないなどと考える日々を送るのはとても疲れるだろうし、冒険につきもののスリリングな戦いなどはもってのほかだ。


 だいたい、物語の中では強大な敵とやらと何度も戦うことになるが、そんなもの現実ではごめん被りたいものだろう。

 実際、戦うとして終わったあとに傷を負ったらどうする。武器が壊れてしまったらどうする。

 まだまだ、旅も続くというのにそんな心配ばかりが頭に浮かび結局冒険など……


 「ねぇ?」


 続けようと考えるだけでも面倒な……


 「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」


 だから、そうした空想にいつまでも浸っている様では……


 「もしかしてこれは叩いた方がいいのかしら?」


 結局のところ何時まで経っても子供のままだと……


 「えい」

 

 ゴスッ


 突如、頭に強烈な痛みが走ったかと思うと、俺はくらくらする頭を回して痛みの元凶を涙目でにらんだ。


 「痛いじゃないか!」

 「貴方が何回呼んでも返事しないからでしょ」


 そこには、両手に俺の頭を強烈に叩いた分厚い本を持ち、いつ見ても変わらない魔法省の制服を身にまとった憎きセライナが立っていた。


 「だからといって、叩くことはないだろう! これでもし、俺の記憶が飛んで、自分が誰だかも思い出せないようになったらどうするんだ!」


 「あら、そんなの平気よ。私が五分程度で貴方の人生を語ってあげるからすぐに元通りになるわよ」


 「おい、まるで俺の人生が数枚の紙きれみたいに言うなよな」


 「別に、そういったつもりもないけど、大体そんなもんでしょ?」


 「いやいや、そんなことは……はて、思い返すとそれくらいに集約されてしまうような気も……あれぇ? なんだか泣けてきたぞ」


 「まあいいわ、何時までもそんな下らないこと言わないでさっさと5番倉庫を開けてくれる?私、急いで戻らないと、また局長にどやされるのよ」


 「なんだと、それでせっかく思索にふけっていた俺をそんな恐ろしい凶器で殴りつけたのか? 大体、俺じゃなくてもロッドの奴がいただろう? わざわざ、俺のいる休憩室に入ってこなくとも……」


 「ロッドならいなかったわよ」

 「あの野郎サボりやがったな……」


 俺はハァっとため息をつくと、しぶしぶ休憩室に備え付けられた椅子から立ち上がり、壁際にかけられていた鍵を手に取った。


 「じゃあ、そろそろ行くか」

 「ええ、そうしてもらえると助かるわ」


 そうして、俺に向かってニッコリと微笑むセライナの憎らしいこと、憎らしいこと……



 ここはラーン川沿いにある魔法王国カルナード。今から八百年以上前にこの地にどこからか移り住んできた魔法使いの一族が建国したといわれている。今、俺が働いている王城に併設されているこの巨大な魔法倉庫もその一族が建てたってことになっているが正確なことは誰も知らん。


 まあ、誰が作ったにしてもこの倉庫は非常に高度な魔術によって建てられたことは一目見ればわかる。

 まずはその頑丈さ。倉庫自体は石材で作られているが、その素材となった魔法の石は今では失われた古代の魔法による強化エンチャントが掛けられていて、生半可な攻撃なんかじゃビクともしない。それに、耐久性も大幅に向上していることから後、数千年は風化の心配もないそうだ。


 そして、何よりも凄いのがその内部構造だ。倉庫内は上に五階、地下に十階あるとされ、全ての階に無数の部屋が存在している。

 各階に一体幾つの部屋があるのか、それは誰も知らない。


 その原因は倉庫の利用方法にあった。この倉庫はどの階にも沢山の部屋が並んでいるなんてことはなく、いつも十部屋程度しかない。しかし、その部屋がどの部屋かはその階を訪れるたびに変化する。ただし、倉庫の鍵を持っている場合には、確実にその部屋が出現する仕組みになっている。


新しく部屋を造りたい場合は管理室(俺たちがそういうふうに呼んでいるだけだが)、で新しい鍵を作成するための魔法を唱えると鍵が出現し、それを持って鍵に書かれている階層と部屋番号のあるところに行けば新しい部屋が出現しているというわけだ。


 この理屈から言えば倉庫には無限に部屋が存在し、永遠に作ることが出来るというわけだ。噂ではこの倉庫には数百年も前に造られた部屋が今でも残っているらしい。

 その為この倉庫は非常に重宝されている。この王城で働いている奴で倉庫を利用していない奴はいないってくらいだ。


 だが、倉庫を使うにも、幾つか注意しなければならないこともある。

 説明だけ聞けば、とても便利なだけの場所に見えるが、実際はそれだけではない。

 俺みたいに倉庫で働いている奴からすればここはまさしく、


 “この国で最も恐ろしい場所”……だろうな。

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