第34話 混乱から一夜明けて

 コソコソと周囲に目を配りながら歩く羽目になるとは思ってもみなかったことだ。

王城へと続く大通りの一つ裏手にある小道から通りの様子を伺うと、完全武装の兵士が三人、辺りを警戒しながらゆっくりと歩いているのが見えた。


 俺は彼らから見えないようにすぐに頭を引っ込めると、手に入れた食料を落とさないように紙袋をしっかりと胸に抱えて足音を立てないようにその場から離れた。


「戻ったぞ……」


「あら、今日も見つからずに帰ってこれたのね。本当に見つからないってことだけは器用にこなせるのね」


「……飯、渡さんぞ」


 下水道にある例の隠れ家に戻ると、セライナが魔法省から持ってきた資料を読みながら嫌味を言ってきた。ここのところ休んでいないというにその口の調子だけは相変わらずだな。


 ランドルフ王子のクーデターから早五日。その間俺達はただ隠れているわけでもなく、王都中に張り巡らされている下水道を利用してあちこちで情報収集を行った。


 特に、二日目に決行した魔法省への侵入は肝が冷えた。ヴォルフさんが派手に陽動してくれたおかげで警備の隙を突くことは出来たが、もうあんなことはしたくもない。


「それで、外の様子はどうだったの?」


「特段変化はないみたいだ。市民達は一応いつも通りの生活を送っているように感じた。まぁ、あちこちに兵士の姿が見えるのは相変わらずだけど」


「そう……本当に何をするつもりなのかしらランドルフ王子は」


「さぁな。本当に『魔人再臨』を発動させることだけが目的なのかもしれないな」


 正直なところランドルフ王子が決起する前と今の状況で大きく変わったところはない。無論、主要な施設は配下の兵士達によって占領されているが、市民には一切手を出していないし、各省庁も監視の下にあるが通常通りの業務を行っている。


「初めの宣言以来王子も表に顔を出していないから本当に何がしたいのか分からんよなぁ」


そこでふと、俺はセライナが読んでいるものが気になった。


「ところで、あの日からずっとここに籠って読んでるけど、いい加減それがなんだか教えてくれないか?」


セライナが読んでいる資料は俺も苦労して魔法省の金庫から持ち出したものだ。なのにこいつはそれが何なのか俺に教えてくれない。だから、俺はその間に王都の状況や食料の調達ばかりをやっていた。ヴォルフさんも魔法省の一件以来どこかに行っちゃうし……


すると、今までは俺がこう言っても無視をしていたセライナが俺の方に顔を向けると、読んでいた資料をテーブルに置いた。


「そうね、これを読んで大体わかったからそろそろ貴方にも伝えておいた方が良いわよね」


「なんだよもったいぶって」


「これはね、魔法省内で行われていた妙な予算の動きを追っていた調査班の報告書なの」


「予算の動き? それが今回の件と何の関係があるんだ?」


「まぁ、最後まで聞きなさいな。元々は半年くらい前に始まったことだったんだけど、妙なタレコミがあったのよ」


「タレコミ?」


「魔法審査部が実際に行っている活動よりも多くの予算を使っているってね」


「審査部って言うとあれか、新しい魔法式の認可や古代魔法の再現を行っているっていう……」


「その審査部。特に、古代魔法再現課の連中がアカデミーから受けた要請以上に実験を行っているらしい――っていうのが始まりだった」


「それ、そこの課が不正をしていただけの話なんじゃないか?」


「まぁ、普通ならそうなるんだけど……そこのトップがランドルフ王子の派閥出身の魔法騎士で、王子との個人的なつながりもあるから全然手が出せなかったらしくて半ば放置していたのよ」


「それをどうして調べることに?」


「それが今度は、マーサ王女の息がかかった新魔法認可課の連中が、予算の不正利用であおりを食らったから何とかしろって言ってきたのよ。噂だと最初のタレコミも彼らからだったみたいだし」


「それで、どうなった? ……いや、分かるぞ。それでお前が最近忙しかったんだな」


「そうよ! そのせいで、双方の派閥に挟まれたからもう大変で、しかも各部署にそれぞれの派閥連中がいるからいがみ合っちゃって仕事がほとんど止まったの。そのお鉢が全部私みたいな無派閥に割り振られたってわけよ!」


セライナは吐き捨てるように言うと、思い切りテーブルに手をたたきつけ、痛がっている。……残念な奴。


「それで、だいぶ話がそれてきたけど、結局今回の件と何の関係があるんだよ」


「ああ、そうだったわね。それで、じゃあその王子派の連中がそもそも裏で何をやっていたのか? っていうのを調べることになったのよ。そしたら、妙なものにぶち当たったってわけ」


そういうと彼女は置いてあった資料の一枚を俺に渡した。


「魔力再活性化魔法の検証実験……なるほど『魔人再臨』と似たようなコンセプトの魔法だな」


「それがね、この魔法調べてみたら何代か前のアカデミー学長が考案したものらしくて、今でも事故とかで魔力が減少してしまう魔導士がいるでしょ? そういった人を助けるために考案されたんだけど、これがかなりマズいものだったらしくて」


 「見ればわかるよ。なるほどね、竜脈から引き出した魔力をそのまま体内になじませてその人のモノとする……一見すると画期的に思えるけど、実際は肉体が送り込まれる膨大な魔力に耐えきれずに大きな障害が残るだけじゃなく、魔力もほとんど体外に流れ出てしまうと……成功率十パーセント未満って、こんなの承認されないだろう」


 竜脈に流れる魔力をピンポイントで個人に流し込む魔方式を編み出したことは見事としか言えないけど、こんな博打をやる様な人なんていないだろうに。


「ただ、こんな欠陥魔法を王子派が再検証していたのか? こんなの調べるほどの価値もないだろうに」


「それで終わりじゃないよの。まだ、これから先は調べ切れていないから私もわからないんだけど、どうやらこの学長が考案した魔法には元となった古代魔法があるらしいの……それも禁書庫から引っ張り出したものが」


「禁書庫、そうかこの魔法のオリジナルが『魔人再臨』ってことか……だが、禁書庫由来の魔法をなんでこの学長が持ち出せたんだ?」


「どうやらこの学長は当時の王族とのつながりも深くて、一度見せてもらったことがあるみたい。まぁ、この一件で禁書庫由来の魔法を世に出そうとしたことが発覚して失脚したみたいだけど」


「なるほど。今回はそのオリジナルの方を、おそらく王子の主導で使用できないか実験をしていたということか」


「そうみたいね。それで沢山の予算を必要としたっていうのが今出ている結論みたい」


「それで。そんな詳しく調べた調査班の人達はどこに?」


 俺が訊くと、セライナは黙って下を向いた。


「……魔法省が襲撃されたときにあいつらに……」


「そうか……」


「だから、私が敵を取ってやらないと、魔法省でいつまでも好き勝手なことをさせられないわ」


 気丈に振る舞うセライナに俺は何も言えなかった。


「それでね、あいつらが実験していたこと以外にもう一つ分かったことがあるの。これを見て」


そう言って彼女が取り出ししたのは魔法省の見取り図だった。


「この、第三倉庫って書かれているところがあるでしょ? 最近になってここの壁に特殊な遮音魔法処理と対人感知魔法処理が施されたわ。それも、王子派の連中が倉庫に重要な触媒をしまうって名目でね。でもここは元々倉庫って書かれてあるけど職員でもずっと立ち入り禁止になっている場所なの」


「倉庫なのにか?」


「噂じゃあ、ここから先に魔法省の大臣も知らない別の区画に続いているって話だったわ。今までは単なる迷信だって思っていたけど……この分じゃ本当に何かあるみたいね。多分、古代の研究施設か何かが」


「魔法省は初代国王が建てた魔法研究所の跡地の上にあるからな。あり得えない話ではあるまい」


「もしかすると、そこで『魔人再臨』を行うつもりなのかもしれないわ。最近、あの辺りの人の出入りが多くなっているから変だって皆噂してたし」


 セライナは真面目な顔でそう言った。

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