第57話 戦いの先にあるもの
「続けてください。ヴォルフさん」
「リエーラ姫様は確かに無事であった。だが、それはお体だけだった。『魔人再臨』は起動にこそ失敗したとはいえ、既に八割は実行されていた。そのため、コアである姫様の肉体にはその影響が強く表れていた」
「つまり……心が壊されていたと……そういうことですか」
「ああ、そうだ。『魔人再臨』は触媒となった者の肉体の中で魔法陣が構築されていく。その過程において、触媒となった者の心は魔法を制御するための装置に塗り替えられてしまうのだ」
「……間に合わなかった。そういうわけですか」
「いや、そうではない。『魔人再臨』が完全に行われていたら肉体そのものが魔力に変換され、消滅していた。それを防ぎ、命だけでもお救い出来たことは誇るべき結果なのだよ。ランドルフ王子をお止めし、姫様は助けられた。その事は称賛されるべきだ。無論、その立て役者である君もだ」
「そう、ですかね……」
「そうだとも。その事で君を非難する者がいれば誰であろうとも私が許さない。それに、悲観することもない。時間はかかるが姫様の心は治せるかもしれないのだ」
「……心の修復は多くの場合、軽度の精神魔法によるものに限られるのでは?」
「マーサ様が直々に新たな治療法を模索中だ。禁書庫にはコストがかかることから廃棄された治療法も残されていると聞いている」
「……随分と細い希望の糸ですね」
「細くとも希望はあるのだ。絶望するにはまだ早い。そもそも、姫様との約束を守るためにランドルフ殿下に立ち向かった君がそれを信じずにどうする? それとも、君は姫様との約束を忘れてしまったのか?」
「約束……」
そうだった――俺はまた、大切なことを見失う所だった。覚悟はしていたとはいえ、姫様の現状を聞き、自棄になっていたのかもしれない。
俺が黙っていると、先ほどまで厳しい顔をしていたヴォルフさんが笑顔になった。
「そう、その顔になればよろしい」
「……すみません。気を使わせてしまったようで……」
「なに、気にするな。それとセライナ君から伝言だ」
「セライナから?」
「ああ、君よりも先に意識が戻っていてな。先に会ってきたのだ。彼女は言っていたぞ。姫様のことを聞けばまた君が落ち込んでしまうかもしれないとな」
「う……」
長い付き合いだ。俺の性格くらいあいつには読まれているのだろう。
「だから、君にこう伝えるように言われている。私は生きている。姫様も生きている。みんなが無事に乗り越えられたのだから、その事に胸を張れとな。分かったかね?」
「……あいつらしいですね」
「ああ、あのくらい強くなければこれから先大変だぞ?」
「そこまでは無理かもしれませんけど、せいぜい気を強く持ちますよ。そうでないと、せっかく助けた姫様に心配をかけますからね」
「その意気だライナス君。では、私はこれで失礼する。また、元気になった頃に会おうではないか!」
「ヴォルフさんもお体に気を付けてくださいね」
俺がそう言うとヴォルフさんは笑顔で自分の胸を軽くたたいてから部屋を出て行った。
それから二週間。俺が退院する日になってもヴォルフさんが病室を訪ねてくることはなかった。
久しぶりに病院の外に出て町の様子を一回りしてから下宿先に戻ったが、一目見た感じでは変わった様子は見受けられなかった。人々はいつも通りに生活しており、まるで王子による決起などなかったみたいだ。
下宿先に戻ったら親父さんを始め、皆に心配されていた事を知った。あのケイティですら俺がピンピンしているのを見て安心したようで泣き出してしまったくらいだ。俺が兵士達に探し回られていたことに加え、三週間近くも行方が分からなかったから捕まってヒドい目にあっているのではないかと思っていたようだ。
まぁ、無事であることが分かり、一時間もしたら彼らの対応も元に戻ったけどな。
それからの俺は二週間にわたり特にすることが無くなってしまった。
理由は簡単。今回の一件で倉庫が二週間の間休みとなったためだ。
町の様子が普段通りとはいえ、王宮内は非常に混乱していたのがその理由である。
入院中、そして退院後に新聞で知った情報によると、今回の一件でランドルフ王子は失脚、離宮に幽閉されることが決まった。これによりユリウス陛下は王位に戻る事となったが、クーデターを許してしまった事の責任を取り退位、マーサ王女が戴冠することが決まった。
クーデターの中核を担った王子配下の“国防軍”は王子が敗れたあの日、第一大隊を率いていたシャハト少佐が全軍にマーサ女王に降伏するように命じたらしい。
聞いたところよると、シャハト少佐は親衛隊を除くと唯一『魔人再臨』について知らされていたようで、万が一、魔法の起動が失敗した場合は降伏するように命じられていたとのことだ。“国防軍”は降伏後に王宮騎士団の指揮下に置かれ武装解除し、大きな混乱もなかったと言われている。
ランドルフ王子決起の原因となった魔力が失われつつある王国の現状について、マーサ女王は公表を決意、クーデター鎮圧の翌日には全国民に向けて声明が出された。
だが、声明の中で、この魔力の失われる現象は一時的なものであると説明され、真実は伏せられたようだ。まぁ、いきなりこんなことを言われてしまったら非常に大きな混乱が起こるのは目に見えているから、これは妥当な判断ではないだろうか。
その反対に『魔人再臨』については正式に発表され、その内容は何から何まで事細かに王宮から説明があったそうだ。これは、ランドルフ王子を信奉する”国防軍”兵士達が妙な行動を起こさないように彼らに真実を伝え、“国防軍”から離反させるためだろう。
その効果はすぐに表れたようで、俺が退院するころには“国防軍”はすっかりその力を落とし、解散して王宮騎士団に吸収という名の監視下に入ることが決定され、それに反対する者もいなかったそうだ。
噂によるとこの時、秘密裏に駐屯地内に建設された“国防軍”の武器製造工場も抑えられたそうだ。どうやらこの工場で小銃などの表の技術で作られた武器を製造していたらしい。アカデミーから送られていた電力もその施設を稼働するのに使われていたそうだ。
そして、軍部の問題が片付くと次は魔法省、議会へと物事の中心は移っていく。魔法省は王子派閥が事実上消滅、マーサ女王が誕生したことにより人事が大きく変わり、てんやわんやな状態に。議会は王子の暴挙に極刑を求める貴族と穏便な結論を求める勢力が衝突、これまた問題が山積みとなっている。
その結果、マーサ女王は全ての問題を短期で済ませるため議会を権限で休会とし、魔法省内の人事は自身の側近と中立派の代表に任せ業務の一部を停止させ、派閥による混乱を抑えた。
最後に此度の件の発端となり、他にも貴重な品々が眠る倉庫は女王による直接的な内部調査が行われることが決まり、それが完了するまで全職員は休暇を命じられた。
これが俺の休んでいる間に知りえたことの全てだ。だが、これを知ったところで俺に何かできるわけでもない。俺にできる事と言えばパン屋の手伝いをする事、そして助けを呼んでくれたハインリヒ達にいつもの店で一杯おごる事だけだった。
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