第58話 あの、平凡な日々をもう一度
「さて、久しぶりに来てみたけど何も変わらないな……」
二週間の休暇を終え、約一か月ぶりに倉庫に来た俺が最初に抱いた感想はそれだった。マーサ女王による調査が行われたみたいだけど、前と物の配置が違うわけでもなく、誰かがいるわけでもなかった。
今日のシフトは俺とロッドだけど、あいつは早速騎士団に駆り出されて遅れてくるらしい。だから、これから一時間は俺だけがここにいることになるだろう。あの一件からまだ時間が経過していないから利用者も減っているだろうし、今日はゆっくりできるかもな。
俺は受付に入ると、いつもの椅子にゆっくりと腰掛け、ボーッとすることにした。
だが、俺ののんびりとした時間はわずか数分で終わりを告げた。誰かが倉庫の扉を開けたのだ。利用者なら相手をしなければならない。渋々だが応対時の姿勢をとる。
「あら、今日は妄想にふけっていないのね」
扉を開けて入ってきたのはセライナだった。相変わらずの制服姿。でも、最後に見た時よりもずっと体調は良さそうだった。
「もう、大丈夫なのか?」
「あら、見舞いにも来なかったくせに一応心配はするのね」
「仕方ないだろ。病院には行きづらかったんだから……」
「そういうことにしておくわ。見ての通り元気よ。王子に叩きつけられた時は駄目かと思ったけど、試作の防具が作動してね。弱かったけど防御用の魔法を自動で起動してくれたから何とか平気だったのよ」
「そんな機能あったの……」
「あら、言わなかったかしら?」
「初耳です……だったらそこまで心配しなかったのに」
「何よ、それでも危なかったのよ? 王子の攻撃は凄かったんだから!」
「……見てれば分かるよ……まぁ、無事で良かったよ」
「そう、初めからそういえば良いのよ」
「へいへい。ところで今日は何の用で?」
「分かるでしょ。まーた局長に言われて過去の資料を取りに来たの」
「そんなの魔法省で管理すれば良いのに」
「でしょう? でも、今回の一件で魔法省だと危ないかもしれないから全部こっちで一括管理することにしたらしいのよ。はぁ……」
「じゃあ、もしかして……」
「そう、今まで以上にこっちと往復しなきゃいけないわね。ホント、嫌になるわ」
「何かそっちは変わらないな」
「そうでもないわよ。女王様の新たな方針で近々“科学”魔法省に改編されるみたいだし」
「ああ、こっちも試験的に色々と入れるみたいだし、その辺は変わるかもな」
「私達がやることは変わんないのにね」
「こっちも今までと全く同じだよ」
「何か変な感じね」
「変わるのに変わらない日常が?」
「これから先、王国はどんどん変わっていくはずよ。魔力が失われる根本的な原因は分かっていないし、マーサ女王はそれを解決するための研究をする一方で万が一に備えて表の技術を取り入れることを今以上に重視するみたいだし」
「でも、俺達の基本は変わらない。俺は倉庫番でセライナは魔法省の役員。やるべきことをやるだけさ」
「……そうね。ところで、ヴォルフさんとは会ったの?」
「入院中に一度だけな? セライナこそあれから会ってないのか?」
「私も同じ、あんたより前に会ったのが最後。噂じゃあマーサ女王に命じられて王都を離れたみたいよ」
「命じられたって何を?」
「ほら、“国防軍”が使用していた小銃の出どころよ。あれ以外にも沢山の表の武器を所持してたみたいなの。でも、それを何処でいつ誰から入手したかは誰も知らないの」
「ランドルフ王子は何も言わなかったのか?」
「さぁ、聞いた話だと殆ど何を訊いても答えないそうよ。ただ、表の世界で祖国を追われた人から買ったとかなんとか……」
「表の世界を追われた……そういえばヴォルフさんが訓練場で見たっていう魔法が使えない人達ってもしかして……」
「何それ? 私初耳なんだけど?」
「いや、別に……そういえば投降した“国防軍”の兵士って全員が魔法傭兵か騎士ばかりだったんだろ?」
「そう聞いているけど……何、さっきの話?」
俺はセライナに訓練場での出来事を話した。すると、彼女はしばらく考える素振りを見せてから話し始めた。
「全く有り得ない話ではないはわね。すると、ヴォルフさんは、いなくなったその人達を追って……?」
「かもな。ヴォルフさんもあの人達のことを随分と気にしてたみたいだし、いずれ分かるんじゃないか?」
「まぁ、私達が気にすることでもないのかもね」
「でも、あれだな。新聞の記事に書かれていたことだと、ヴォルフさんも今まで陛下に命ぜられ色々と各地を見て回っていたんだって?」
「そうみたいだけど……それがどうかしたの?」
「それだと、ヴォルフさんは今も命ぜられて各地を転々とするんだから前とやっていることはあまり変わらないんだなと思ってな」
「私達みたいに?」
「そう、俺達みたいに」
「案外、これからどんなに世界が変わっても私達の日々はそう変わらないものかもしれないわね」
「そうかもな。だって国を救った立役者だっていうのに俺達はこんなにも変わらないんだから」
「あら、来週には勲章貰えるんじゃなかったかしら?」
「でも、部署や仕事は変わらないだろ?」
「まぁ、それはそうね」
「だろ? この事件だって暫くしたら忙しくなって、そんなこともあったなー程度にしか思わなくなるかもよ」
「忙しくなったらあり得るわね……って、貴方と無駄話している場合じゃなかったわ!早く資料を取りにいかないと! ほら、早く鍵を持ってきて! 早く早く!」
「へいへい、取りに行きますよ……」
セライナに言われ俺はいつものようにゆっくりと立ち上がった。ここの一点だけ切り取ればクーデター前と何も変わらない。セライナが去れば他の利用者が来てまた案内する。明け方にはハインリヒに引き継いでうちに帰る。その次の日にはまた倉庫に来てセライナと顔を合わせるだろう……いつの日か、姫様がまたここを訪ねる日が来るかもしれない。
その時は、俺がヴォルフさんに倣ってちょっとだけ子供のころの夢に近づけたことを話そう。
せめて、その日が来るまでは、変わりゆく日々の中でも変わらない倉庫番の仕事を続けよう。
俺はそう心の中で思いつつ倉庫の鍵を手に取った。
落日の魔法世界 青鹿毛進九朗 @kurouA
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