第56話 長い夜が明けて


 気が付くと俺はベッドの上に寝かされていた。視界に映る天井を見ればここが俺の部屋でなく、病院、それも騎士団の所有するものであることが分かる。


 「俺……生きてたんだな」


 とりあえず、体を起こそうとするが強烈な痛みが全身に走り、起きることを断念した。


 誰かを呼ぼうと思ったが、誰がいるかもわからないし、そもそも今がどういう状況なのか全く把握できていない。


 「せめて『魔人再臨』が失敗していればそれで良いか……」


 それに、姫様とセライナ、ヴォルフさんは無事だろうか? ハインリヒ達は無事に王都を離れることが出来たのだろうか? 色々と頭の中をぐるぐると沢山の事柄が回っている。


 「おっ、起きたのかい?」


 にゅっとヴォルフさんの顔が考え事している俺の前に現れた。


 「……つい先程」


 「そうか、それは良かった」


 ヴォルフさんは何処からか椅子を引っ張り出すとベッドの横に座った。


 「君の傷の具合だが、そう深刻なものではないらしい。二週間ほどは入院している必要があるそうだが、元気な体に戻れるそうだ」


 「そうですか、それを聞けて安心しましたよ」


 俺がそう言ってから暫くの間沈黙が流れた。言いたいことが多すぎて何から話せば良いのか分からなかった。


 「……無事だったんですね。俺と違って元気に動けているようですし」


 結局口をついて出たのはその一言だった。


 「ああ、どうにかね。ヨハネスとやらに受けた傷も大したことがなくてな、治癒魔法をかければこの通り元通りだよ」


 ヴォルフさんは腕をぐるぐると回し健康であることをアピールした。


 「それで、ヨハネスは?」


 俺の質問にヴォルフさんは厳しい顔をした。


 「それが、行方が分からんのだ。私は確かに奴に致命傷を与えたはず、だが戻ってみると奴の体は何処にもなかった。誰かが回収したわけでもないし、逃げたと推測するしかない」


 あのヴォルフさんが仕留めたと確信したのに逃げ延びる……つくづく俺はそんな化け物に見逃されたのだと思うと冷汗が止まらない。


 「ヨハネスの一件は分かりました。それであいつ等……ハインリヒ達は無事に?」

 「彼らの事なら心配ない。下水道を抜け、マーサ様の軍勢と無事に合流できたそうだ。ライナス君、彼らが王子のことを告げたおかげで我々の救出を優先してもらったのだから退院したらお礼を言うのだぞ?」


 「分かってますよ。やれやれ、あいつらに何か請求されそうで今から怖いっすよ……それと、えーと街の様子は……」


 「ライナス君」


 「……はい」


 「何か他に聞きたいことがあるのではないか?」


 ヴォルフさんには全てバレているようだ。そうだよな、ここまで来て質問をさせるのもおかしい。


 「……セライナは、あいつは無事ですか?」


 俺が最後に見たのは王子に叩きつけられ身動き一つしないアイツの姿だった。あれで軽傷で済むとまで楽観的な考えは持っていない。


 「セライナ君は無事だ。後遺症もなく仕事に復帰できるだろう。ただ、随分と手ひどくやられていたようでな、君より回復に時間がかかるそうだ。」


 「そう……ですか」


 俺はあいつが無事であることを知り、涙があふれそうになった。良かった、生きててくれて本当に良かった。


 あの時、俺はあいつが死んだと思った。ランドルフ王子に叩きつけられ動かなくなったあいつを見た時、助からないと心の中ではずっと思っていた。あいつを巻き込んだのはある意味、俺だ。俺の責任であいつが死んでいたら俺はもう立ち直れなかっただろう。


 だが、セライナが無事だったことだけで安堵してはいけない。もう一つ俺には聞かなければならないことがある。


 「……このことを、俺に教えてもらえるかは知りませんが、その、姫様は、『魔人再臨』はどうなったのですか?」


 そう、これが肝心なことだ。そもそもの俺とヴォルフさんの出会いのきっかけとなった出来事。全ての始まりでもあるリエーラ姫様、そしてランドルフ王子の夢、『魔人再臨』。この二つの結末について俺は知らなければならない。 ヴォルフさんは俺の顔じっと見つめてから話し始めた。


 「リエーラ姫様は救出された。命に別状はないそうだ」


 「生きている……姫様が生きている。そっか……俺達の仕事は達成されたってことですか……」


 「ああ、ただ命に別状はない。それだけが確認された」


 ヴォルフさんの言い方には明らかに含みがあった。命だけは助かったと、あえて二度も繰り返したその理由。俺はこの時点でなんとなく察していた。


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