第55話 意地
俺は火の魔石を手に取った。
爆音が部屋中に響く。
起動準備に入っていたランドルフ王子は驚いた様子でこちらを見る。
「なっ、まだ魔力が残っていたのか!」
俺がそれに返答することは出来ない。何故なら俺は爆発しながら飛んでいたからだ。
「……〈爆炎球〉!!」
俺は自分の背中で爆発を起こす。その衝撃で体が浮き、王子に向かって飛んでいく。火の魔石を使って三度は使える。これで王子との距離も一気に詰められる。
「き、貴様正気か!」
初めて王子に驚愕の色が浮かぶ。当然だ。俺の魔法は本来攻撃用。それを移動に使用しているのだから俺自身も無傷じゃすまない。一発目から背中の感覚はない。
「ええい!」
王子は俺の捨て身の一撃を躱すべく躊躇なく詠唱を中断し、身をよじらせた。
正しい判断だ。でも、俺にはもう一発残されている。
三発目の〈爆炎球〉で王子へ俺の体当たりが命中することが確定した。
せめて、直撃は避けるべく、王子は動く右手でガードを試みた。
だが、無駄だ。
「〈怪音波〉」
残った魔力を振り絞り、精神魔法を唱えた。音で相手の動きを止める。精神魔法の中でも少ない魔力消費で放てる魔法。普通なら王子には絶対に効かない初歩魔法だ。
「ぐっ……!」
さすがの王子も魔力を使い果たし、これ程の怪我を負えば多少は効くもの。王子のガードがわずかだが遅れる。それで十分。
王子が腕で顔を守るより先に俺の頭が王子の顔面に直撃した。
ゴキィ
鈍い音と共に俺と王子は一緒に倒れる。王子は派手に倒れた。
へへへ、セライナの一撃のおかげだ‥‥‥な。
俺の意識は急速に遠のいていく……ああ、流石にもう限界……だったか。
ヴォルフさん、セライナ、姫様……俺は、やりました。
そこで、俺の意識は途絶えた。
――俺がが目を覚ましたのはそれから数分後のことだった。もはや満足に動かぬ己の体を精神力だけで無理やり立たせると周囲を見回し、自分以外に立っている者がいな
いことを確認した。
「……最後の一撃は響いたぞ、ライナスよ」
自身の傍で気を失っているライナスを見て、初めてその名を俺は口にした。
此奴は考えてもおらんだろうが、俺はずっと前から此奴のことを部下に追わせていた。王国一、王宮内の事情に精通している者として恐らくライナスの右に出る者はいないだろう。王国内にいる数少ない倉庫番の中でも全ての王族の倉庫に出入りし、上級貴族達にも贔屓にされているのは後にも先にも此奴だけだった。
ライナスのアカデミー時代の成績も、倉庫番としての訓練時代も取り立てて優秀なわけでもない。強いて言えば妹のリエーラとの接点があることぐらいだが、そんなことは気になる点でもない。
だが、そんなライナスが倉庫番になると僅か一年で多くの貴族、そして魔法省の役人達とも交流を、無論仕事上だけではあるが持つようになった。
それ自体は珍しい事でもない。一度でも王族の誰かが接点を持てばその倉庫番は安全だという認識が周囲に広まり、指名する者が多くなるからだ。現に、俺が倉庫番を指名する際もそうしていた。
しかし、そこから先が特別だった。今まではそういう倉庫番が現れてもすぐに誰かの派閥に加わってしまい、安全性が失われて指名される機会が自然と減る。もしくは、貴族達との関わりが重荷となって数年以内に退職して行くものがほとんどだ。
そうした中でどこの派閥にも属さず、仕事もやめるわけでもない此奴は特異な存在だ。物珍しい彼を面白がって起用する貴族もいれば、倉庫番として手馴れている彼を魔法省は重用した。それにより、此奴の耳には知らず知らずのうちに多くの情報が集まるようになった。
このことは国家にとって由々しき事態であり、ライナスが隣国へ情報を売ればカルナードとして大きな問題となる。その為に俺は部下に此奴を見張らせた。おかしなことをすれば抹殺することも許可して。
だがライナスを見張らせて半年が経過したが、此奴に不審な動きは見られなかった。ライナスが仕事に忠実で、知りえた情報を自らの意志では漏らさないと俺が確信したのもその時だった。
観察の仕上げとして、俺自身がライナスを指名し、此奴と言葉を交わし、その本質を見極めたからこそ、俺はライナスを放置した。此奴単体では決して害にならないと判断したからだ。
まさか此奴が此度の一件で父上に起用されるとは思わなかったが、驚き以上の感想を抱かなかったのも事実だ。
此奴あくまでは数多くの情報を知りえた人間であったが、それ以上でもそれ以下でもない。ただモノを知っているというだけの存在、その認識に今でも変わりはない。
「……そのお前がまさかをここまでやるとは思わなかった。認めたくないものであるが、先ほどまでの戦いぶり、それだけは尊敬に値する」
だがその言葉を口にする俺の心にははっきりとした敗北感が渦巻いている。まさか、たかが倉庫番程度に戦士たる俺が僅かでも恐怖を覚えてしまったことに対してだ。
俺はライナスから目を外すと、『魔人再臨』起動のため歩き出す。此奴らとの無用な戦いで余計に消耗したが、まだ動くことが出来るのだから……
――キュイン
痛烈な痛みと共に俺は膝をつかされた。〈光弾〉が自分の右足に撃ち込まれたと認識したのはその直後のことだ。
(馬鹿な……もう俺を妨げるものは……)
俺ははそこで唯一、その存在に気づいた。
「カールスライト……貴様か」
振り返らずに俺は言う。
「殿下、申し訳ありませんが『魔人再臨』はここで止めさせてもらいます」
背後からカールスライトの淡々とした声を聴き、全てが終わったことを俺は悟った。だが、最後の最後まであがくことを止めない。それは、俺のためでもあるが、同時にこの世界の為でもある。
「考え直せ、カールスライト。貴様なら知っているであろう? 表との境界が曖昧になりつつある現状を……」
「……存じております」
「なら、分かるはずだ。このままではいずれ表との境界は失われる。その時、魔法を失った我らに生き残る術はないと! 『魔人再臨』は最後の希望、これを止めることがどのような苦難を招くか、父上に命ぜられ各地を見て回った貴様なら、事の重要性が……!」
「だとしても、多くの民を失わせてまで一握りの者が魔法と共に生きることに何の価値があるのでしょうか? 殿下も、ライナス君……いえ、彼らと戦われて知ったのでは? 誰もそれを望まれてないと」
「……では、貴様はどうするというのだ? カルナード……この魔法世界が滅びゆくのをただ傍観すると?」
「我々は座してこの世界の滅びを見るのではありません。古き習慣を改め、新しきを取り入れ、その上で魔法と共に生きてゆこうと思います」
「貴様も姉上と同じというわけか……いや、父上……リエーラもそう言っていたな。俺は……俺は……」
せめて、カールスライトに言わねばならないと思うが、既に口を動かす力さえ残っていなかった。
(業を背持ってでも――俺は)
様々な記憶が脳裏を駆け巡る中、俺の意識は闇の底へと沈んでいった。
ランドルフは倒れ、『魔人再臨』の起動は不可能となった。目的を達すること不可能となった“国防軍”は戦闘を中断し、一週間に満たないクーデターは失敗に終わった。
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