第42話 冒険家の戦い
ヴォルフさんの呼びかけに反応する前に俺は彼に腕を掴まれ背後に回された。
「〈魔力盾〉!」
目の前でヴォルフさんが魔法の盾を生み出す。
そこに無数の矢が降り注ぐ。
すさまじい衝撃音が聞こえる。
「ぬうううううっ」
ヴォルフさんの苦悶の声が聞こえる。それでも彼は足を踏ん張り攻撃を耐えた。
よく見ると盾にはじかれたはずの矢が次々と消えていく。本物の矢ではない、魔力によって作られたものだ。
やがて魔力矢の攻撃は止んだ。階段部分にいて無事だったセライナが駆け寄ってくる。
「大丈夫、二人とも!」
「俺は平気だ。それよりヴォルフさんは」
「何、心配いらん。あの程度の攻撃、造作もない」
ヴォルフさんは不敵に笑うが、その目はまっすぐ攻撃をしてきた方を見ている。
「ほう、やるねぇ。流石は“青のカール”なんて大層な二つ名を持っているだけはある」
声のした方を見る。そこは俺達が上る予定の階段の踊り場。高さでいえば五メートルほど上部にあたる。ヨハネスがそこに立っていた。彼の左右には八人ほどの兵士達がいる。彼らは今までの軽装鎧ではない。全身を覆うようなプレートアーマー、半身が隠れるくらいの大盾に長剣。完全武装の魔法騎士達だ。
「悪いが、もうここから先に進ませるわけには行かないみたいなんでね。大人しく帰るなら見逃すが……どうする?」
「ふむ、君がヨハネスとやらか。残念だが、我々も帰ることは出来ないのだ。君達こそ道を譲ってくれるのならこのまま友好的に別れられると思うがどうかね?」
「ハハッ! そう来なくちゃ! 俺もあんたが帰るって言ったらどうしようかと思っていたところだ。おっと、その前に質問に答えなきゃな。帰らねぇならここで潰す、シンプルな回答だろ?」
「冒険家同士無益な戦いは避けたいのだがね。ライナス君とセライナ君は下がっていたまえ。こいつは少々、本気を出さなきゃならんようだ」
「言うねぇ。まっ、俺はあんたしか狙わんから安心しろ。こいつらはどうか知らんが……ね!」
言い終わると同時にヨハネスが一気にヴォルフさんに向かって突っ込んできた。恐らく風魔法の〈疾風〉を唱えたのだろうが、ほぼ無詠唱に近い高速詠唱だ。
一気に距離を詰めたヨハネスは右手に持っていたダガーでヴォルフさんの首を狙った。
ヴォルフさんはその攻撃をバックステップでかわすと、お返しとばかりに〈光弾〉をなんと口から放った。
しかし、そこは歴戦の冒険家。ヨハネスは飛んでくる〈光弾〉をダガーで弾き飛ばした。ダガーにある種の強化魔法がかけられているから出来た芸当だろうが、それでも一歩間違えば直撃は免れない。恐ろしく度胸と技量のいる行動だ。
ヨハネスは仕切り直しとばかりにヴォルフさんから飛びのき距離を取る。その顔は心底嬉しそうだ。
「シビれるねぇ! さぁ、もっとあんたの力を見せてくれ!」
「悪いが、私は楽しめてないので遠慮を願いたいのだが」
「そう言うなよな! まだまだ始まったばかりだってのによぉ!」
距離を取ったヨハネスの背中がうごめいたかと思うと四本の腕が生えてきた。全ての腕は青白く光っている。魔力で練り上げる腕、〈魔腕〉だ。それも四本同時、相当の集中力を要する魔法の同時展開を笑いながらこなすこの男の底が知れない。
「なぁ、なんで俺が“万能”何て呼ばれてか知ってっか?」
「はて、君とは今初めて会ったのだ。知るはずもなかろう」
「だったら教えてやるよ、それはなぁ……」
今度はヨハネスの背後の空間が歪み、鏡が出現する。そこに作り出した四本の腕を突っ込むと、剣、槍、斧、弓を取り出した。そして持っていたダガーを腰に仕舞うと、取り出した剣を持った。
空間収納魔法〈魔幻鏡〉、高度な空間掌握魔法の一つだ。それに武器を入れて持ち運んでいるのかこいつは……さっきの矢の魔法も今出した弓から放ったのだろう。
「なるほど、多彩な武器を扱うから“万能”と呼ばれているのか」
「それだけじゃないぜ。俺は魔法も器用にこなせるんでね。それでそう呼ばれているんだよ。まっ、俺が言い始めたことじゃないからそんな二つ名どうでも良いんだがな。だが、その二つ名に恥じない戦いを見せてやるよ」
「ふん、戦いができるだけで“万能”とは笑わせる。ようは出来の良い戦闘機械のようなもの。ゴーレムと大差ないではないか」
「くっ~ひでぇな。おれがつけたわけじゃねぇがそう言われたら傷つくぜ? まっ、そういう態度も良いと思うがな……潰しがいがあってよぉ!」
ヨハネスの背中に生えている腕のうち弓を持った二本の腕から魔力の矢を形成して放った。矢は空中で分裂し、雨のようにヴォルフさんへと降り注ぐ。先ほど使ったのと同じ魔法、〈千本矢〉だ。
「一度見た技は食らわんよ」
ヴォルフさんは避けるのではなく、なんと向かってくる矢に対し一歩踏み出した。
「〈魔力刃〉」
そう唱えるとヴォルフさんの両手が光り輝く。魔力の刃を両手に生み出したのだ。
〈千本矢〉はついにヴォルフさんに到達する。それをヴォルフさんは両手の刃でさばいていく。その動きは正確無比で、ただの一本も彼の体に矢が当たることはない。
だが、それはヨハネスも見越していたことだったらしい。彼は矢による攻撃を継続しつつ距離を詰めてきた。本来なら〈千本矢〉の詠唱中は移動できないほどの精神的な負荷がかかるが、彼はその攻撃を自分の手ではなく魔力により生み出したかりそめの腕にやらせつつ飛びかかってきた。
「なら雷を食らいな!」
ヨハネスは〈千本矢〉の詠唱を止め、今度は槍に雷を纏わせた。
〈轟雷槍〉、その一撃は強烈な閃光と爆音を引き起こし、ヴォルフさんのいた地点を貫いた。
だが、その攻撃は彼にあたらない。
ヴォルフさんは攻撃が当たる直前、〈疾風〉により上空に飛び上がっていた。地面に槍を突き、隙を見せたヨハネスに〈魔力刃〉で斬りかかる。
し かし、その攻撃はヨハネスの斧に阻まれた。彼はヴォルフさんを見ずに正確に攻撃を受け止めたのだ。
「お次はこれだぁ!」
ヨハネスは満面の笑みを浮かべながら、右手の剣を突き上げた。剣には炎が纏っている。
彼の唱えた〈豪炎剣〉は周囲に熱風を放ちつつ、空中で姿勢もままならないヴォルフさんを襲う。
「〈氷円盾〉」
ヴォルフさんはすぐに〈魔力刃〉を解除すると氷の盾を作り出す。
ジュッッッ!
氷が解ける音が辺りに響く。〈豪炎剣〉がヴォルフさんの作り出した盾を貫通する直前、再び〈疾風〉を唱え、ヴォルフさんはヨハネスから距離を取る。
ここまでの攻防は時間にして二十秒にも満たない。だが、その間に交わされた数々の技の応酬はすさまじく高度なものだ。
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