第41話 実験場
先に行っていたヴォルフさんには案外簡単に追いつくことが出来た。
何故かって?その理由は簡単さ。
セライナの風魔法で一気に空を駆けたからだ。
……もう二度と風魔法には頼らんぞ。地面に突っ伏した状態で俺は決意した。
「大丈夫かライナス君?君がいきなり空から降ってきたときは何事かと思ったよ」
「……これからが大勝負なのですから別に何ともありませんよ」
俺は服についた汚れを払いながら立ち上がった。そんな俺の様子をこんな風にした張本人が呆れながら言った。
「貴方、あんな簡単な受け身も取れないわけ? それでよく年一回の戦闘訓練を“合格”で切り抜けているわね」
「ほっとけ。まさか、あのまま放り出されるとは思わなかったんだよ。普通、飛行魔法を詠唱する時は着地時の姿勢制御も含めて詠唱するだろ?」
「そんなのしないわよ。だって余計に魔力を消費するじゃない。あれくらいの高さならどうとでもなるでしょ。貴方が鈍いからよ」
「くっ、飛行魔法を習得していない俺にはこれ以上反論できない」
俺達は追いついて早々言い合いをしていると、はじめ俺達を見た時はひどく困惑していたヴォルフさんも笑っていた。そして両手をパンと合わせて自分の方に注意を向けた。
「さて、ついてきてしまった以上、こんなこと言う意味もないかもしれないが改めて言わせてほしい」
ヴォルフさんはにこやかではあるが極めて真面目なトーンでそう言った。
「ここから先、私が君達を必ずしも守れるわけじゃない。彼らも実験場にまで侵入してきたら本気で排除しにかかるだろう。それでも来るのか?」
「ええ、行きますよ。今を思えば俺も陛下からの大事な命を受けておりますから。それに、約束もありますから」
「勿論、私もついていくわよ。散々こき使われてここでお役御免って言われて納得できるわけないでしょ? それにこっちだってちょっと王子に言いたいことがあるし」
「……そうか。では何も言うことはない。行くとしよう」
俺とセライナは頷くと、ヴォルフさんと一緒に例の実験場がある魔法省へ向かった。
魔法省への道のりは意外なほど簡単だった。ヴォルフさんが捕まっていた人達を解放した影響か、魔法省ではしぶしぶ従っていた職員達が職務放棄し、解放された人達と一緒に魔法省から逃げてしまったらしく、その対応に追われて俺達のことには気づいていないようだった。
おまけに先ほど話していたヴォルフさんの予想もおそらく当たっているようで、兵士達も極力手荒な方法使わずに逃げていく職員達を取り押さようとしているように見えた。
俺達も道すがら何度か兵士達と鉢合わせになったが、いずれも少人数だったためものの数秒でヴォルフさんに制圧された。相変わらずこの人の戦闘能力は並外れている。
ハインリヒらと別れてから、ものの十分で目的の倉庫前に来ていた。当然、入り口には高度な施錠魔法がかけられていたがヴォルフさんが力技で破壊し、難なく侵入することが出来た。
内部は普通の倉庫とは全く異なり資料を入れた棚等は一切置いてなく、ただ地下へと続く階段があるだけだった。
階段は一度に四人は降りれるほどのスペースがあり、上から覗いたところどこまで続いているのかわからないほど地下深くまであるように思えた。
「……ここまで大した妨害を受けないとは信じられないわね。それとも、魔石を入手した以上ここまで来られても問題ないって考えているのかしら」
セライナは階段をじっと見つめながらそうつぶやいた。
「……もしかするとそれは違うかもしれない」
「じゃあ、どうして警備が全然いないのよ」
「これは俺の想像だけど、王子は『魔人再臨』について配下の兵士に話してないんじゃないか? 冷静に考えてみれば、いくらなんでも国民全体の二割しか助からないような計画においそれと乗るか?」
「無理ね。一般的な感覚だったらそんなことしないと思うわ。でも、“国防軍”は王子の私兵でしょ? それくらいの忠誠心はあってもおかしくないんじゃない?」
「いや、そうでもないはず。確かに“国防軍”は王子の求心力で成り立っているけど、構成員には現状の騎士団の扱いに不満を抱いてただけの騎士連中も多くいるはずだ。そういった連中は王子の存在よりも今の騎士団から離れたいがために“国防軍”に参加しているはずだ。そこまでの忠誠心があるかは分からない」
「じゃあ、王子は警備がいらないから配置しないんじゃなくて、真相を知られたら離反されるかもしれないからそもそも警備を置いていないってこと?」
セライナの発言にヴォルフさんは頷き、自分の意見を言った。
「ふむ、確かそれは納得できる考えであるな。そうであるなら王子が決起当日以降、公に何の発言をしていないのもうなずける。王子としては此度の決起は全て『魔人再臨』を邪魔されずに行うための手段に過ぎない。陛下の拘束も、貴族の方々を捕えた理由もそれだ。だが、兵士の多くは王子が先頭に立って自分達を冷遇してきた陛下に変わる政策を打ち出してくれると信じたからこそ決起に参加しているとならば、自分だけでなく家族にまで危害が及ぶかもしれない『魔人再臨』を認める者は少ないだろう」
「でも、そしたらこの先にいるのは王子とヨハネスくらいってこと? じゃあ私達でも勝てるかもね」
「それはどうかな。王子に絶対の忠誠を誓っている親衛隊って呼ばれている連中が一個小隊くらいいるって噂もあるし、俺が前に訓練場で見た連中にも会っていない。もしかすると万が一に備えてそいつらがこの先で待ち構えているかもしれない」
「だったらどうするの? 引き返す」
「まさか、行くしかないでしょ。ねぇ、ヴォルフさん?」
「ほう、この数十分でずいぶんと言うようになったなライナス君。だが、その通りだ。この先に誰が待っていようとも我々に残された道は進むことだ」
ヴォルフさんがそう言い切ると、俺達は頷きあってから一歩、階段に向かって踏み出した。
古の魔法実験場というだけあって、階段や壁を構成する材質から何まで今まで見たことある遺跡とは造りが異なっている。石造りであることには変わりないが石は全て淡く青色に発光していて、明かりを灯す必要がないくらいだ。こんな場所があったなんてアカデミーの教授達が知ればすっ飛んできそうだ。
だが、今の俺達は観光に来たわけじゃない。いつ、親衛隊の襲撃があるかわかったもんじゃないから、慎重に階段を下りることに集中しよう。
どれくらい階段を下っていたのか自分でも分からないが、長い長い階段を下りた先にあったのは何もない、広い部屋だった。部屋の形は正方形とでもいえるのだろうか、幅は三十メートルはありそうだ。
特質すべきはその天井の高さだ。先ほどまで階段を下りたのとは反対に、今度はどこまでも続くくらい高い天井だ。しかも、その天井に向かって階段が部屋の端から壁沿いを沿うような形で上へと続いている。その様子は部屋全体を使った螺旋階段の様に見えた。
「……今度はこれを登るんですか」
「それしかないように見えるが」
「今日だけで随分と痩せられそうね」
ここは気合を入れて進むしかない。そう思って俺が部屋に足を一歩踏み入れた時だった。
「ライナス君!」
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