第53話 手負いの獅子


 ――重傷に見えるのは果たして俺だけなのだろうか?


 「ライナス、右から来るわ!」


 「〈魔力盾〉!」


 俺は確認することもなく盾を自分の右側面に展開する。


 「ふん!」


 ドゴォ!


 その直後、とてつもない衝撃が俺の体を襲う。踏ん張ることも出来ず体が宙に浮く。僅かな滞空時間の後、今度は左肩が床に激突し、遅れて鈍い痛みが伝わってくる。


 「〈疾風〉!」


 セライナの魔法で倒れたまま体が飛ばされる。


 ダァァァン!


 さっきまで俺の体があったところに大きなひびが入る。王子が剣を振り下ろしたのだ。


「ええい、逃げ回りおって!」


 苛立ちを隠せないランドルフ王子は息が荒く、動く度に傷口から血が滴り落ちる。


 そんな王子の姿を見ながら俺はセライナによって彼から離れた場所に下ろされる。


 「なぁ、殿下は怪我しているよな?」


 「見ればわかるでしょ。瀕死よ、あの人」


 「その割になんで俺達は追い詰められてんだ」


 「手負いの猛獣は危険って言うし、そういうことなんでしょ」


 軽口を言いつつも、俺達は警戒の手を緩めない。少しでも油断すると一瞬で王子に首を跳ね飛ばされてしまうだろう。


 ゆっくりと迫ってくる王子から目を放さぬようジリジリと後退しながらセライナに訊いた。


 「……魔石と魔力、持ちそうか」


 「魔石は一つを除いて使っちゃったし、私自身の魔力も半分くらい。貴方は?」


 「魔石はさっき防いだのに使ったからあと二つ。でも、一つは役に立たない炎のだから実質一つ。魔力は余裕あるけど全力出さないと防げないから二、三回で限度」


 「……そろそろ勝負に出ないと勝ち目はないみたいね」


 「相手が出させてくれればだけどな」


 話しているところに王子が剣を振り上げ突進する。


 「来たぞ!」


 「バラけるわよ!」


 俺達は左右に分かれ、王子の剣の間合いから逃れることを狙う。


 しかし、王子も二人同時に狙うことなく、セライナを捨て俺だけに狙いを定めると一歩で数メートルの距離を縮めてきた。


 「〈風神脚〉!」


 魔法の力で加速しようにも俺の詠唱が遅く、逃げ切れない。


 「〈光弾〉!」


 振り下ろされる寸前、セライナが魔法による援護射撃をしてくれた。それが運良く王子の背中に命中し、一瞬だが王子の攻撃が止まった。


 「今だぁぁぁ!」


 俺は残りの無属性の魔石を砕くと、身体強化魔法で走力をあげ、先に発動した〈風神脚〉と合わせて王子の攻撃をどうにか躱した。目の前を凄まじい風が通り抜ける。


「小癪なぁ!」


 王子は剣を振り下ろした姿勢のままタックルしてきた。その追撃は王子にしては雑なもので、ヴォルフさんクラスなら難なく避けられたであろうが俺には到底無理だった。


「ゴボォッ!」


 右肩から胸にかけてタックルを受け、悶絶する。運良く、〈風神脚〉が発動していたおかげで完全に食らうことなく後ろに下がれたが、痛みは今まで受けた中でも一番だ。


 距離を取った俺は痛みからバランスを取れず膝をつく。


 そこに王子が剣を横に払ってくる。武技ではなく力任せに振るわれる一撃。それは普段の王子からは考えられないほどお粗末な攻撃。しかし、俺からすればそれでも防御か間に合わないくらいに速く、的確な一撃だ。


 「ライナスぅぅぅ!」


 〈疾風〉で空中を疾走するセライナが剣が俺にあたる直前に体を突き飛ばしたおかげで難を逃れた。


 ゴロゴロと床を転がった俺は何とか立ち上がると、すぐ傍にセライナが降り立った。


 「……無事?」


 「どう、にか……そっちは?」


 「ドジ、踏んだみたい……」


 彼女を見れば、背中に一筋の切り傷。深くはないが浅くもない。血があっという間に彼女の制服を赤く染めていく。


 「完璧には避けられなかったみたいね……」


 どうやら、王子の剣が背中をかすったようだ。それだけで、この威力。直撃を受けたらひとたまりもないだろう。


 「……すまん、俺のために」


 「馬鹿言わないで……それよりまだ行けそう?」


 「ああ、守られたんだからいけるに決まっている」


 「そう……たぶん、あと一回でこっちは限界だから……何かあったら頼むわよ」


 「……ああ」


 痛々しい彼女の声をこれ以上聞いてられず王子ランドルフを睨む。


 相変わらず、向こうは見ているだけでも痛々しく、よく見れば左足を引きずっているほどだ。それでも、彼の闘志は衰えていない。


 ここまで俺達がずっと防戦一方だったわけじゃない。何度も攻撃を当てたはず。それでも王子が一度でも膝をつくところを見ていない。


 「どうした? ……もう、かかってこないのか?」


 顔の左半分にやけどを負い、まともに口を動かすことが出来なくとも、王子の声は良く通る。


 「いえ、まだです。殿下を止めるまでは……!」


 俺はセライナと目だけで合図すると、王子に向かって突撃した。


 「〈鉄人招来〉!」


 まるで鋼鉄のごとく体を硬くする身体強化魔法の一種。俺が使うことのできる魔法の中で最も上位の魔法だ。最後の無属性魔石を割り、強度も底上げする。


 考えている攻撃は単純そのもの、正面からの突進だ。通常ならまず選択肢に入らないが、今の王子になら通用する可能性がある。


 「うぉぉぉぉ!」


 雄たけびを上げて走る速度を上げる。〈風神脚〉の効果が切れる前に体当たりをかましてやる。例え避けられても、後ろのセライナが風魔法で王子の移動を阻害するはず。


 だが、王子は避けない。剣を捨て、俺の攻撃を受け止める構えだ。


 ゴキィィィィン!


 鋼鉄と化した俺の突進を王子はあろうことか剣を投げ捨て片手で受け止めた。けれども、王子も無事ではない。腕はミシミシと悲鳴を上げているのが聞こえている。


 「ぬぅぅぅ!」


 俺の渾身の一撃は少しずつ王子に押し戻される。だが、それで良い。王子の動きを一瞬でも止められたのなら。


「殿下、覚悟ぉ! 〈烈風脚〉!」


 王子の背後に回ったセライナが風魔法で威力を大幅に増強した蹴りを側頭部に叩き込む。


 バキィィィ!


 凄まじい音が響き、王子の首が横に折れ曲がる。間違いなく直撃、これで終わりだ!

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