第40話 イジメの原因
「私が重森先輩と付き合う代わりにイジメをやめてって言えばよかったのかもしれない……でもごめん……言えなくて……ごめんなさい」
「ふざけるな。そんな理由であんな醜く性格の歪んだ男と付き合う必要なんてない」
怒りがふつふつと湧き上がってくる。
この世界に転生して以来、こんなに激怒したのははじめてだった。
「俺があいつを完膚なきまでに叩きのめしてやる。花蓮はなにも心配しなくていい」
「そんなことしたら危険だよっ」
「俺を見くびるな。あんな奴を叩きのめすくらい造作もないことだ」
「でも……あの人はしつこいし、執念深いよ。たとえ一度やられても、復讐してくるかも」
「そのたびに叩きのめす。もちろん花蓮にも指一本触れさせない」
「司波くん……ありがとう」
花蓮は顔を赤らめ、小さく頷く。
「心配するな。俺は負けない。絶対に」
「司波くん、変わったね。学校に戻ってきてから、本当に変わった」
花蓮はジィーっと俺の目を見つめてくる。
「そ、そうか? そんなに変わってないだろ」
花蓮が言う通り、変わったのだろう。
何しろ中身が入れ替わっているのだから。
「すごく勇気があって、強くて、努力家で……今の司波くん、すごく好きだよ」
「へ? お、おう。ありがとう」
「あ、違うよ! 違うからね! 異性として好きとか、そういうのじゃないからね! 人として尊敬できるって意味! 勘違いしないでよ!」
「わかっておる。そんなに必死に否定するな」
わかっていても、ちょっと悲しくなるだろ。
ほんのりと恋慕の感情が湧きかけている自分に気付いてしまった。
駄目だ。
俺はいずれ向こうの世界へ戻る立場だ。
花蓮に恋をしたところで、悲しい結末が待っているだけである。
「あ、そうだ。マロンクリームパン食べるの忘れてた!」
花蓮は不自然なほど陽気な声でそう言うと、カバンから紙袋を出す。
「そうだったな」
紙袋を開けると、焼き立てのパンの香りがフワッと溢れ出した。
「美味しそー! いただきます!」
花蓮は嬉しそうに大きく口を開いてカプッとかぶりつく。
学校で食事をするときより、ちょっと大きく口を開けている。
それがなんだか無邪気に見えて、可愛らしかった。
「んー! 美味しい! クリームが舌の上で溶けて、口いっぱいに栗の味が広がっていくよ! しかもパンはふわふわでバターの香りが芳ばしいし!」
「やけに細かく説明するな」
「食レポ風に感想言ってみた!」
花蓮はおどけて笑う。
そのほっぺたにはクリームが付いている。
「食レポも結構だが、クリームがついているぞ。ほら」
指で拭ってやると、花蓮は驚いた顔をした。
「あ、ありがと……てか普通逆だよね。男子がクリームつけて、女子が拭ってあげるものなのに。恥ずかしい」
「まあ花蓮らしくていいんじゃないのか」
「えー? 司波くんの中の私ってそんなイメージなの?」
「そりゃそうだろう。まさかお淑やかなイメージだと思っていたのか?」
「そうは思ってないけど。でもほっぺにクリームつけてるのがイメージ通りっていうのは流石にひどいよ!」
「元気いっぱいでいいじゃないか。少なくとも気取った女よりはよっぽどいい」
「そうかなー? なんか女の子として終わってる気がする」
花蓮は腕組みをして納得いかない顔をしている。
「もちろん学校ではそれなりにお淑やかだし、恥じらいのある女の子だと思う。でも家とか二人きりのときは違うだろ。俺だけが知ってる花蓮の顔って感じがして嫌いじゃない」
「そ、そう? そっか。うん。確かにこんなに素を見せられるのは司波くんの前だけかも.幼馴染みって不思議だね」
「そうだな」
花蓮のひと言で、少し浮かれていた気持ちが落ち着く。
そうだ。花蓮が俺に特別なのは、幼馴染みだからである。
それは俺ではなく司波大我が築き上げてきたものだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「マロンクリームパン、要らないなら私が食べてあげようか?」
「ふざけるな。これは俺のものだ」
花蓮に取られる前にガブッとかぶりつく。
「あーあ、もう。もっと大切に食べないと」
「たしかに美味いな、これ」
この世界の人間はなぜここまで食べ物にこだわるのかと思わされるほど、複雑で濃厚な味わいだ。
「あ、司波くんもクリームつけてるよ」
花蓮は俺の頬についたクリームをひょいと拭うと、そのままパクっと食べた。
「ちょ、お前っ」
「にひひー。おいしー!」
屈託ない笑顔を見て、また胸がドキッとする。
こいつ、本当に蠱惑催淫の術を使ってるんじゃないだろうな?
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すっかり花蓮に惹かれてしまった魔王様。
この世界にだいぶ思い入れが出来てしまったみたいですね!
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