第43話 司波の処分

 花蓮は驚いた顔をして顔を上げる。


「花蓮を悲しませる奴は許さない。これからはなにか困ったことがあったら俺に相談してくれ」


「うん。ありがとう」


 繋いだ手をすぐに離すのは惜しく、しばらく手を繋いだまま歩く。

 花蓮もそうしていたかったのか、俺の手を握り返してきた。


「なんかズルいなぁ」


「なにがズルいんだ?」


「だって司波くん、急にかっこよくなっていくんだもん」


「それは花蓮が俺の髪を切ったからだろ」


「見た目の話じゃない。中身の話。そもそも私はあんまり人の見た目なんかこだわらないし」


 花蓮は微笑みながら俺を見詰める。


「学校に来るようになって、本当に司波くんは変わった。ちょっと乱暴なのはアレだけど、でもすごく活き活きしてて、自身に満ち溢れてて、前向きで……まるで別人みたい」


「そうか?」


 そりゃ実際別人だからな。


「幼馴染みとして嬉しい反面、ちょっと寂しいかな。どんどん司波くんが遠くへ行っちゃうみたいで」


「戯言を抜かすな。俺はどこにも行かない」


「本当? 約束だよ」


 花蓮はピッと小指を立てて俺の顔に近づける。


「ほら、指切りして」


「ま、また小指の契りをするのか? しかもこんなところで」


 花蓮たちからしたらどうってことないのだろうが、我々の世界ではこんな往来でするようなことではない。

 言うなれば路上でまぐわうくらいの恥知らずの行為である。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った!」


「お、おう……」 


「どうしたの? 顔、真っ赤だよ」 


「見るな」


「変なの」


 恥ずかしさで、少し急ぎ足で家へと向かった。 

 

「そうだ。俺の処分は明日決まるらしい」  


「へ? 処分?」


「一応俺も暴力を働いたからな。停学になるのだろう」


「なにそれ!? 許せない!」


「規則だから仕方あるまい」


「司波くんはあの人にこれまで一方的に暴力を振るわれていたんじゃない! それは一度も罰せず、司波くんだけ罪に問われるなんておかしい!」


 花蓮はビックリするほどヒートアップしていた。


「まあ現行犯だからな。でも見せしめで奴に恥をかかせるため、一般生徒の前で叩きのめす必要があった。だから仕方ない」


「現行犯じゃなくても目撃者もいるし、重森だって裁かれなきゃ不公平だよ! 私、先生に言ってくる!」


「落ち着け。俺も伝えたし、教師たちも分かっているだろ」


「もし司波くんが停学とか退学になったら、教育委員会に訴えるから! マスコミにも話持っていく!」


「そんなに興奮するなって。大丈夫だから」


 こんなに激昂する花蓮を見るのははじめてだった。

 怒らせるとなかなか怖い奴だということを知った。




 翌日の夜。

 担任、教頭の二人がうちの家にやって来た。

 リビングに通し、俺と母上の二人で話を聞くこととなった。


「今回の件についてですが」


 教頭が俺と母上を見て重々しく口を開く。


「今回は厳重注意のみと致します」


「へ?」


 停学は免れないと思っていたので、変な声が出てしまった。


「すまなかった、司波くん」


 教頭は綺麗にセットした白髪の頭を深々と下げる。


「今回の件のみならず、これまでの経緯を色んな生徒から確認した。重森くんとその仲間はこれまで幾度となく君に暴力を働いていたそうだね」


「はぁ、まあ」


「それを苦にした君は登校拒否になってしまった。そこで気付いて動くべきだった。申し訳ない」


「い、いえ……」


 俺も母上も意外な展開に目を丸くして顔を見合わせる。


「多忙を理由にして、生徒指導に関しては担当の権田先生に一任してしまっていた」


「そういえば今日は権田が来ておらぬな」


 本来であればあの生徒指導の教師が謝罪すべきである。


「彼は今日から謹慎とした。処分は検討中だ。君の件や、その他のイジメについてもすべて彼が単独で調査し、イジメの事実を握りつぶしてしまっていたんだ。いや、彼一人を悪者にするのはよくないな。監督者である私の責任である。誠に済まなかった」


 教頭は深々と頭を下げて謝罪していた。


「よく今日一日でそんなにことが進んだな」


「こら、大我。先生にそんな口の聞き方して」


「君が昨日言ったことが心に刺さってな。しっかり向き合わねばならないと思ったんだ。それにとある生徒から物凄い剣幕で調査しろとも言われてな」


「あー……花蓮だな」


 あの勢いのまま、教頭まで直訴しに行ったのだろう。

 その姿がありありと脳裏に浮かんでくる。


「素晴らしい幼馴染みを持ってるね。他にも粕谷くん、葛原くんがイジメの証言をするのに、色んな生徒に呼びかけてくれたよ」


「あいつらが?」


 それはかなり意外だった。

 渋々俺に従っているのだと思っていたが、意外と大切な友人と思ってくれていたようだ。


「それと、美濃くんも」


 教頭はそう言って、悲しげに表情を曇らせる。


「美濃くんからは君が自ら命を断とうとしていたと聞いた」


「自殺? なんのことだ?」


 教頭は静かに視線を俺の手首に向けた。

 俺も手首を見たが、数本の傷跡があるだけだ

 もしかしてこれは手首を切って死のうとしていた跡だったのか?

 てっきりなにかの紋章だと思っていた。


「辛かったんだね。よく、堪えてくれた。ありがとう」


 教頭が慈悲深い目をして頷く。


「それじゃ先生、大我は明日から学校に行ってもいいんですか?」


 母上が訊ねると教頭と担任は大きく頷く。


「もちろんです。まあ暴力事件を起こしてしまったので、多少の奉仕作業などはしてもらわねばなりませんが」 


「ありがとうございます。奉仕作業でもなんでも好きなだけさせてください」 


「ちょ、ちょっと待て。勝手な約束をするな」  


 母上の勇み足を止めると、リビングに笑い声が響いた。




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 魔王様完全勝利!

 これでもう学校生活の支障はなくなりました。

 安心して司波くんを呼び戻せます!


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