第42話 きれいごとと現実

 ついこの前までサンドバッグのように叩きのめしていた奴にやられるのがよほど悔しかったのだろう。

 怒りの感情だけで重森は立ち上がった。

 しかしそんな状況で立ち上がったところで俺に勝てるはずがない。


「おら、避けてみろ」


 顔面にハイキックを見舞うとよろけながらまた倒れる。


 重森の手下どもは驚きで固まっており、女子たちは悲鳴を上げていた。

 クラスメイトの前でここまで不様な姿を晒し、重森のプライドもズタズタだろう。


「どうした、ほら? 一時間俺を殴り続けるんだろ? まだ一発も当ててないぞ?」


 髪を掴み、ゴンゴンと何度も顔面を床に叩きつける。

 豚野郎の鼻血で床は濁った赤に染まっていく。


「ごめんなさいは? 謝ったら許してやるぞ?」


「ブゴゴ……ギャゴ……」


 なにか言っているが、聞き取れない。

 聞き取れなければ謝罪とは認められない。


「こら、なにをしている!」


 教師が怒鳴りながら教室に突入してきた。

 残念だがリンチもここまでのようだ。


「いいか、お前ら。つぎ俺や俺の仲間に手を出したら、こんなもんじゃ済まないからな!」


 辺りの連中に忠告してから重森の髪を離して立ち上がった。





 重森は病院に搬送され、俺は生徒指導室へと連れて行かれた。

 職員室では臨時職員会議が開かれているそうだ。

 1時間半ほど生徒指導室で待たされ、担任と生活指導の教師と教頭が部屋に入ってきた。


「少しは反省したか?」


 生活指導の教師が厳しい顔で訊いてくる。


「反省? そんなことするわけない。喧嘩を仕掛けてきたのは向うの方だ」


「そうだとしても、暴力で返したら駄目だろ。それじゃ相手と同じになってしまう」


「暴力で脅され、服従させられ、虐げられてきたのに暴力を返しては駄目? では訊くがどうしろというのだ?」


「それはもちろん俺たち先生に相談すればいい」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに生活指導が胸を張る。

 こいつは確かラグビー部の顧問で、問題のある生徒をラグビー部に所属させて指導している。


 その生徒たちが次々と問題を起こすたびに庇い、退学にならないように配慮しているそうだ。

 本人はそれで『いいこと』をしているつもりなのだろうが、そのせいでゴロツキ生徒がのさばり、またイジメの被害者が生まれていく。


「俺が登校拒否になったとき、イジメの被害にあっていたことはわかっていたんだよな?」


「それは……調査中だった」


「調べたらすぐ分かるだろ。目撃者だっていたはずだ。それなのになぜそいつらは罰せられることもなく、今でも学校に来てるんだ?」


「イジメがあったとして、それですぐに退学にはならないんだ」


「そうやって結局奴らを野放しにし、それでまたなんの罪もない真面目な生徒がイジメられる。教師に言えばチクっただの言われて更に暴力を振るわれる。だったら自分の身は自分で守るしかないだろ」


「だからそれは駄目なんだ。暴力に暴力で対抗しても、何も解決しない」


 担任が諭す顔で俺にそう告げる。


「あんたらは綺麗ごとを並べたいだけだ。なんの解決策もない。あんたらは問題の解決より無難で、聞こえのいいことをしたいだけだ」


 話し合いは当然ながら平行線を辿り、なんの解決も生まれなかった。

 処分は追って連絡するとのことで、開放された。

 明日は自宅待機だそうだ。


 俺はようやく少し、大我の苦しみや絶望を理解した。

 イジメだけではない。

 大我はこの世界に絶望をしていたのだ。

 だから向こうの世界をあれほどまでに愛している。


 まあ俺に言わせれば、こちらの世界でも自分の力で反撃しろとは思うけれど。


 校門を出ると、カベにもたれて立っている花蓮がいた。


「花蓮。待っていたのか?」


「司波くんっ……!」


 俺の姿を見るなり、花蓮は目に涙を浮かべて抱きついてきた。


「大丈夫? 怪我してない?」


「そんなもんするかよ。一発も殴られてないからな」


「よかった……」


 花蓮はギューッと俺を強く抱きしめる。

 その力強さが、花蓮の不安の強さを物語っていた。


「心配かけて悪かったな」


「ホントだよ。バカ……すごく心配したんだから」


 緊張が解けたからか、花蓮は涙を溢れさせていた。

 心配して涙まで流してくれる。

 そんな花蓮が心から愛おしかった。


「さあ帰るぞ」


「うん……」


 花蓮は俺が喧嘩をしたと聞いて、慌てて三年のクラスへと向かったらしい。

 しかしついたときには既に終わっていて、教師が床の血を掃除していたそうだ。

 なにがあったのか訊いても教えてくれず、不安になりながら俺を待ってくれていたらしい。


 俺は放課後のことをすべて説明し、血はすべて重森のものだと伝えた。


「ええー!? そんな激しい喧嘩をしたの!?」


「まあ俺もかなり頭にきていたからな」


「それって、私にフラれた腹いせにイジメが始まったって話で?」


「ああ、そうだ。俺だけじゃなく花蓮の心まで傷つけていたなんて許せなくてな」


「そうなんだ……余計なことを言っちゃったかな」


 花蓮は申し訳無さそうに俯く。


「余計なことなんかじゃない。教えてくれてありがとう」


 俺は思わず花蓮の手を握る。



 ─────────────────────



 おや?

 花蓮の様子がおかしいようだ……


 果たして?


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