第2話 回復魔法の効力

「大我っ、学校に行くの?」


 翌朝、母上が驚いた顔でそう訊いてきた。


「ああ、無論だ」


「そう……無理しないでね」


 母上は少し不安そうに、けど嬉しそうにそう呟いて送り出してくれた。


 学校に行かず引きこもっていた息子を心配していたのだろう。

 それでも叱らず、急かさず、温かく見守っていたのだから、なかなか出来た女なのかもしれない。


 俺は美濃に連れられて学校に向かう。

 電車やらビルやら驚きの連続だったが、特にこちらに危害を加えてくるものではないので一旦深く考えるのをやめる。


 そして驚いたことに、俺はこの世界の道具をなんの説明なしに使うことができた。

 恐らくこの身体が覚えているから出来るのだと思われる。

 異世界転生とは、実に不思議な現象である。


 通学途中、遠巻きで見てくる奴や、なにやら噂をしている奴がいた。

 昨日の喧嘩の話がもう広まっているのかもしれない。


「ヤバい、どうしよう……昨日あんなことしたから、これまで以上にあいつらにイジメられるかも」


「案ずるな。あんな奴ら俺が叩きのめしてやる」


「昨日はみんな油断していたから勝てたんだって。本気で来たら殺されるかも」


 美濃は弱気なことを言って震えていた。

 図体の割に、ずいぶんと臆病だ。


「美濃。お前はそれほど立派な体躯を持っているのに情けなすぎる。鍛えればあんな奴らには負けない」


「ぼ、僕が!? 無理だよ、そんなの」


 美濃と共に教室に入ると、それまで騒がしかったのにピタッと静まり返る。

 クラスメイトたちは俺たちを遠巻きに見ていた。


 心配そうな顔の者、嫌悪感をもって睨む者、嘲笑う者。


 なるほど。

 ずいぶんと居心地の悪そうなところだ。

 イジメだけでなく、こんな空気に耐えかねて司波大我は不登校になったのかもしれない。


「司波くん、おはよう!」


 一人の女生徒が微笑みながら近付いてくる。

 その顔を見て驚いた。


「カ、カレンっ!?」


 天空の聖女、カレンが微笑みながら近付いてきた。


 いや、カレンがここにいるわけがない。

 他人の空似だ。


「す、すまん。人違いだ」


「なにが人違いよ。花蓮です。相変わらずなんだから。それとも幼馴染みの顔も忘れた?」


「ほ、本当にカレン……なのか?」


「失礼ね。正真正銘、天ヶ嶋あまがしま花蓮です」


「アマガシマ、カレン? そ、そうか」


 驚いたことに偶然この小娘もカレンという名だったようだ。

 それにしても似てる。


 深く静かな瞳や、穏やかさを表す眉、神が線を引いたようなすらりとした美しいボディライン。


 違うのは髪と瞳が漆黒ということくらいだ。


「授業は結構進んじゃったから、あとでノート貸してあげる」


「そんなものいるか。お前の施しなど受けん」


「またそんな言い方して。相変わらずなんだから」


 呆れながら笑っている。

 司波大我ではなく、中身が俺に入れ替わっているということにまるで気付いていない。

 どうやらこの身体の持ち主の司波大我とやらと俺は、性格や言動が似ているようだ。



 緊迫した空気だったが、午前中は何事もなく過ぎた。

 美濃は安心していたが、違う。

 これは嵐の前の静けさに過ぎない。


 昼休みになると一人の男が俺のもとにやってきた。


「おー、司波! 学校に来たんだって! 久し振りー!」


 馴れ馴れしく肩を叩いてくる奴の顔を見て、俺は呼吸が止まった。


「ケインッ……貴様っ」


 それは俺のことを付け狙い、何度も魔城に攻めてきた勇者ケインによく似た男だった。


「なんだよ、ケインって。俺は勇真だろ」


 勇真と名乗るそいつは俺の肩をパシパシと叩く。


「困ったことあったら俺に言えよ。力になるからな」


 俺は返事をせず、無言でギロッと睨む。

 勇者に似ているから、という理由だけではない。

 こいつが嘘をついている者の目をしていたからだ。


 結局放課後まで俺に絡んでくる奴はいなかった。

 ただ体育の授業中、ガラの悪い連中がわざとらしくボールをぶつけるようにパスをして来た。

 が、それらは全てキャッチして、逆に相手が取れない速度でパスを返してぶつけてやった。


 美濃によるとバスケットボールという競技らしいが、ルールなんて知らない。

 まあムカつく奴らにボールを当てられたので、まずまず楽しかった。


 学科終了後の清掃の時間。

 俺が掃除を終えてごみ捨て場に向かうと、花蓮が大きなごみ袋を持ち、よたよたと歩いていた。


(危なっかしい足取りだな)


「きゃあっ!」


 足元が見えてなかったらしく、花蓮は派手に転倒した。


「大丈夫か?」


「司波くん。見られちゃった? 恥ずかしいなぁ。痛っ」


 彼女は無理に立とうとして、体勢を崩して再び倒れた。


「足を挫いてる。無理するな」


 俺はつい癖で花蓮の足首に手を翳し、回復魔法を使う。


 すると手のひらから青色の光が溢れていく。

 炎の魔法は使えなかったが、回復魔法は使えるようだ。

 とはいえ、かなり弱々しい。


「えっ、なに、これ!?」


「案ずるな。癒している」


「なんだかすごく温かくて、ふわぁーって気持ちよくなって……んああっ!?」


「どうした!?」


 異変が起きたので、慌てて術を止める。

 花蓮は頬を真っ赤に染め、瞳を涙で潤ませていた。

 妙に艶っぽい表情に、不覚にもドキッとしてしまった。


「痛かったのか?」


「う、ううん……痛いんじゃなくて、その、きもちいいと言うか……」


 花蓮は太ももを擦り合わせ、モジモジしていた。


「気持ちいい?」


 魔族に使う回復魔法を人類に使うと気持ちよくなるのだろうか?


「なんでもない! 本当に、なんでもないから!」


「あ、おい!?」


 花蓮は勢いよく立ち上がって野生動物のように逃げ去っていく。

 あれだけ元気に走れるところを見ると、怪我は癒えたのだろう。


 って、なんで俺が花蓮の身体を癒してやらなくてはいけないんだ。

 納得がいかない。


 教室に戻り、美濃と帰宅する。

 この世界のことはまだまだ分からないことだらけだから、彼に教えてもらわなくてはならない。


 学校を出て駅に向かう道の途中、目付きの悪い連中が俺たちの行く手で道を塞いでいた。


「よぉ、オタクくん。ちょっと話があるんだけど?」


 隣の美濃はガクガクと震えていた。


「そうか。だが俺の方は話すことがない。死にたくなければ、そこをどけ」


「はぁ? 調子に乗ってんなよ」


「礼儀を知らない輩だな。調子に乗っているのはお前らの方だ」


 相手は五人。

 見たところ腕が立ちそうな奴はいない。

 面倒だが片付けるしかなさそうだ。



 ──三分後。

 五人全員が地面に転がっていた。


 殺したり重症にすると面倒なことになるらしいので、適度に痛め付けておいた。


「さあ行くぞ、美濃」


「……司波くん、なにか武術でも習ったの?」


「武術? ふん。そんな形式ばったものは実践では役に立たん」


 手前で転がる茶髪の背中を踏みつけ、その場を立ち去った。



 ─────────────────────



 聖女にそっくりな幼馴染み花蓮に翻弄される魔王様。

 どうやら魔族のヒーリング魔法を人間の女性にかけると、副作用があるようですね。


 それにしても敵まみれの高校生活も最強の魔王にしてみれば、屁でもない様子。

 ここから魔王様の本格的なリベンジが始まります!

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