第3話 小生意気な妹

「しかし情けないな」


「どうしたの?」


「先程の戦闘で何発か殴られた。しかもなかなかのダメージを受けてしまった」


「そりゃそうだよ! 五人と喧嘩したんだよ! しかも僕を守りながら」


 美濃は驚くが、あんなものは物の数にも入らないほどのザコだ。


「身体を鍛えよう。この貧弱な身体ではどうしようもない。美濃も共に鍛えるぞ」


「ぼ、僕も!? 僕はいいよ」


「ダメだ。それだけ立派な体躯ならば、鍛えれば最強の戦士になれるぞ」


「そんなものなりたくないし」


 美濃はでかい図体をして、情けない奴だ。

 しかし物知りだし、頭も切れそうだ。

 筋肉バカだったミノタウロスとは違う魅力もある。


「いいか、美濃。身体を鍛えればあんな奴らに怯える必要はなくなる」


 両手を広げながら説明すると、美濃は驚きながら俺の手首を見た。


「司波くんっ、それって……」


 見ると、俺の手首に複数線の傷跡があった。


「なんだ、これは? なにかの紋章なのか?」


「リスカの跡……司波くん、そこまで追い詰められていたの?」


 なぜか美濃は涙目になり、俺の手首の傷跡を優しく撫でた。


「追い詰められ、死を覚悟して、逃げることより戦うことを選んだ……学校を休んでいたのは引きこもっていた訳じゃなく、あいつらと戦うために特訓をしていたんだね」


 なんだかよく分からないが、美濃は震える瞳で俺を見詰めていた。

 ここは話に乗った方がよさそうだ。


「その通りだ。このまま負け続けるのではなく、反撃をするために鍛えていた」


「分かった! 僕もやるよ! 一緒に戦おう!」


 美濃は瞳に強い意思を抱きながら、俺の手を握った。



 鍛えるために美濃に連れていかれたのは、スポーツジムなる施設だった。

 ここには筋力をつけるための器具が沢山置いてあるらしい。


「ここは会員登録簡単だし、使った時間で料金を支払うシステムだから便利でいいよ」


「ほう……なかなか良さそうなものが揃ってるな」


 魔界にもトレーニング施設はあったが、ここのものよりずっと原始的だった。


「さっそく鍛えるぞ!」


「うん、頑張ろう!」


 しかし──


「おい、美濃。早く立て。まだ三十分も経ってないぞ」


「も、もう無理ぃ」


「情けない奴だ……仕方ない」


 俺は美濃の身体に回復魔法をかけてやる。


「えっ!? なに!? 疲労が一気に消えたんだけど!?」


「回復したなら鍛練再開だ」


「どういうこと!? 不思議……」


「あ、そういえば美濃。いま回復させたとき、気持ちよくなったか?」


「気持ちよく? なんか温かい感じはしたけど、気持ちいいってほどでもなかったかも」


「そうか。ならいい」


 花蓮は気持ちよかったらしいが、美濃はそんなことないのか。

 もしかすると気持ちよくなるのは女性だけなのかもしれない。


「さあ続けるぞ」


「少しは休ませてよ」


「疲れは消えたはずだ。ならば休む必要はない」


「あ、そっか……確かに今は全然疲れてない」



 その後も追い込むだけ追い込み、動けなくなったら回復。

 それを何度も繰り返す。

 もちろん美濃だけでなく、俺も回復しながら鍛えていた。


「もう動けないっ……死んじゃうって」


「フッ……なにを言ってる。回復したから疲労などなかろう」


「そうだけど……身体じゃなくて心が疲れ果てた」


「まったく。お主は情けない奴だな」


 呆れつつも、なんだかちょっと微笑ましくもある。


「よし。じゃあ今日はここまでだ。続きはまた明日」


「えっ!? 明日もするの!?」


「当然だ。美濃が強く逞しくなるまで続ける」


「そんなっ」


 美濃は涙目だが、ここは心を鬼する。

 この鍛練は必ず美濃のためにもなるのだから。



 美濃と別れてから家に戻る。


「いま帰ったぞ」


「お帰り、大我。遅かったのね」


 母上が笑顔で出迎えてくれた。

 笑っているが、内心は心配しているのが透けて見える。


 久々に学校に行った息子を案じているのだろう。

 優しい女だ。


「ああ。美濃とトレーニングをしていた」


「まあ、美濃くんと? それはよかったわね。学校はどうだった?」


「うむ。まずまずだったな」


 カスのような五人衆を返り討ちにしてやったのだから。


「そう。無理しないでね」


 母上が微笑みながら台所へと戻っていく。

 夕餉の支度をしているのだろう。

 とてもよい香りが漂っている。


 ふと視線を感じて振り返ると、小娘がソファーに座り、こちらを見ていた。

 まるで汚物を見るかのような目付きだ。


「こっち見んな、キモい」


 小娘は嫌悪感を露にして悪態をついてきた。


「これ、愛花。お兄ちゃんにキモいはないでしょ」


「お兄ちゃん?」


 ということはこの小娘は妹か。

 その割にはまるで敬う気配がない。

 愛らしい顔立ちをしているが、険しい表情が台無しにしている。


「キモいもんはキモいし。てか恥ずかしいから外を出歩かないで欲しいんだけど」


「なに言ってるの。お兄ちゃんだって外に行くわ。学校もあるんだし」


「俺が外に出るとなにか問題があるのか?」


 問い掛けると愛花は更に不快そうに顔を歪めた。


「話しかけんな、キモ兄!」


 愛花は怒りながらリビングを出ていってしまった。


 ……どうやら兄妹仲はよろしくないようだな。


 イジメられ、不登校になり、実妹には謗られる。

 いったい司波大我はどんな生活を送っていたのだ?



 ─────────────────────



 あまりに不遇な人生を歩んでいた司波大我に思わず同情してしまう魔王様。


 誰からも恐れられる最強の座から、正反対の立場になり、流石に戸惑っているようです。


 負けるな、魔王様‼

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