第4話 恐怖ではなく、光で
翌朝。
学校に向かっていると、色んな奴らにジロジロと見られた。
ヒソヒソと話している声が聞こえてくる。
「ほら、あいつが昨日……」
「あんな弱そうなチビが?」
「てかアイツ、殺されるんじゃね?」
どうやら昨日五人を返り討ちにしたことは既に広まっているようだ。
つまらない噂話をしている奴らのほうに視線を向けると、逃げるように慌てて目をそらした。
その様子は、さながら海辺の岩場のフナムシのようだった。
実にくだらない奴らだ。
教室に入ると.一瞬ざわつきが止まる。
でもまあ、奴らの気持ちも分かる。
夏休み明けから学校に来なかった奴がいきなり登校したかと思えば、絡んできた五人の男を一人で返り討ちにしたのだ。
どう接するべきか、扱いに困っているのだろう。
誰もが遠巻きで様子見をしている中、花蓮だけが俺に近付いてきた。
「おはよう、司波くん」
「お、おう。おはよう……」
なぜよりによってこいつだけ俺のもとに来るんだ?
転生前の記憶のせいで、天空の聖女に似た花蓮を見ると、どうしてもビクッとしてしまう。
「なに身構えてるの?」
「な、なんでもない。なんの用だ?」
「はい、これ」
「なんだ、このノートは?」
「昨日言ったでしょ? 休んでいた間のノートだよ」
「お前の施しなど受けないと言ったはずだが?」
「はいはい。これは施しじゃなくて私のお節介。それでいい?」
なぜこの小娘はこんなに邪険に扱われているのに、俺に親切にしてくるんだ?
不思議な奴である。
ノートをペラペラと捲ると、数学、歴史、地理、外国語など様々な授業が一冊にまとめられていた。
「おい、お前。わざわざすべての授業の内容を一冊にまとめて直してくれたのか?」
「べ、別に司馬くんのためじゃないからね! 授業内容を改めてまとめると、私自身の勉強になるから。あとお前じゃなくて花蓮」
花蓮は顔を赤くして怒っている。
親切なわりに、ずいぶんツンツンして刺々しい奴だ。
花蓮は俺にノートを押し付けるように渡すと、友達の元へと言ってしまった。
まあ勉強をすればこの世界のことも理解出来る。
このノートはありがたく使わせてもらうことにしよう。
花蓮はクラスの中心人物らしく、沢山のクラスメイトが彼女の周りに集まっていた。
女子も多いが、中には男子もいる。
その中にはあの勇者と似た勇真とやらもいた。
「マジかよー、花蓮」
勇真は親しげに花蓮の肩に手を置く。
それを見て、不意に心がもやっとした。
勇者の奴は大した能力もないのに、ああやって人に取り入るのが上手い。
しかも女たらしだ。
天空の聖女であるカレンも、勇者の奴にいいように使われていた。
そんな性格まで似ているとはな。
本当にいけ好かない奴だ。
「別にいいでしょ、勇真くん」
花蓮はさりげなく勇真の手を払い、逃げるように女友達の背に回った。
あれは避けられてるな。
ザマァみろ、勇真。
何事もなく過ぎていく一日だったが、事件は放課後に起こった。
六時間目の移動教室の授業が終わったあと教室に戻ると、机の中が空っぽだった。
「どういうことだ?」
教室の中を探しているとゴミ箱の中に、俺の机の中身が全部捨てられていた。
「なんで俺の所有物がゴミ箱に捨てられてるんだ?」
俺が呟くと男子たちの笑い声が聞こえた。
「おい、誰だ、こんなことしたのは?」
振り返って問い質すが、誰も答えない。
「これやった奴、拾え。今なら半殺しで許してやるぞ?」
静かに伝えると数人の男子がバカにしたような笑い声をあげた。
「うわー、怖いっすよ、司波さん」
「誰かがゴミと勘違いして捨てたんじゃね?」
「てめぇで拾えよ!」
ヤジを飛ばしてくる奴らは、一人で喧嘩も出来ないような面構えだった。
勇真の奴はこの騒ぎを無視したように、スマホを弄っていた。
お前は困ったことがあれば助けてくれるんじゃなかったのか?
「面倒くさいな。よし、今笑ってた奴ら全員──」
「誰がこんなことしたの?」
俺の言葉を遮るように花蓮が立ち上がった。
「こんなことするなんて最低だよ。司波くんに謝って」
花蓮が訴えると、笑っていた奴らは全員気まずそうに目をそらした。
「男子サイテー」
「ガキじゃないんだから」
「マジあり得ない」
花蓮が声をあげると、他の女子たちも加勢し始めた。
「うっせーよ! 勝手に男子がやったって決めつけるなよ」
「お前らも司波がキモいとか言ってただろ!」
「はあ? 言ってないし」
なんだか俺を蚊帳の外にして男子と女子が言い争いを始めてしまった。
てか、俺、女子にキモいと思われていたのか……
ちょっと凹んでいると、花蓮がゴミ箱から俺の荷物を拾い始めた。
「おい、花蓮」
「ごめんね、司波くん。嫌な思いさせちゃって」
「別におま──花蓮がした訳じゃないだろ」
「はい。これで全部だと思う」
全てを拾い、渡してくる。
心配したように見詰めてくる瞳に、不覚にもドキッとさせられた。
「お、おう。て言うか、手、汚れてないか?」
「大丈夫。幸いあんまりゴミは入ってなかったから」
ニコッと微笑まれ、慌てて目を逸らす。
緊迫していた教室の空気は、花蓮の行動によって落ち着きを取り戻していた。
『恐怖ではなく光で世の中を変える』
天空の聖女がいつも言っていた言葉だ。
それを今、この小娘が成し遂げた。
もしかしたらこいつは本物のカレンなんじゃないか?
一瞬そんなことが頭を過ってしまった。
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典型的なツンデレタイプの花蓮ちゃん。
やはり幼馴染みといえばツンデレですよね!
ちなみに異世界にはツンデレという言葉や概念はありません。
なぜ花蓮ちゃんがこんなに優しいのかは、のちに明かされることになります!
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