第5話 ハードトレーニング
ゴミ箱騒動のあと、俺は美濃を連れてジムへと向かう。
「さあ今日も筋トレだ」
「今日もするの?」
「当たり前だ。さっさと筋力をつけないとな。明日明後日の土日は一日中トレーニングだからな」
「そんなっ……一日中なんて死んじゃうよ!」
「心配するな。疲れたら俺がいくらでも回復させてやる」
弱気な美濃を鼓舞したつもりが、彼はよけいに不安げな顔をした。
「あの回復っていったいなんなの? まさか変なクスリとかじゃないよね?」
美濃が躊躇うのも分かる。
この世界には魔法がない上に、ヒーリング技術があまり発展していない。
あれほど高い建造物を作ったり、空を飛ぶ機械なども開発しているのに、なぜヒーリングについてはこれ程立ち後れているのだろう?
「案ずるな。あれは身体に悪影響があるものではない」
「いや、そう言われても……なんなのか分からないから、ちょっと怖いって」
美濃はすっかり警戒してしまっている。
仕方ない。
美濃には真実を伝えよう。
「美濃。信じられないと思うが、聞いてくれ。俺は異世界転生をしてこの世界にやって来た」
真実を伝えると、美濃は困ったように笑いながら頷く。
「知ってるよ。闇の魔王だったんでしょ」
「なぜそれをっ……」
「前から言ってたでしょ」
知っていたと言うわりに、まるで信じている様子はない。
どうやら司波大我は以前から自らが異世界転生者だという戯れ言を述べていたようだ。
「そうではない。俺は本当に異世界転生をしてこの世界にやって来たんだ」
「はいはい。そうだね」
「信じてくれ。本当なんだ」
「信じてるよ」
美濃は子どもを宥めるようにそう言った。
「治癒魔法が使えるのがなによりの証拠だ」
「確かにあれは不思議だね。気を送ってるとかなの?」
「そうだ。気を集め、それを念じ、術をもって放出している」
「ふぅん。よく分からないけど、気功のようなものなんだね」
美濃は半信半疑の表情で頷いていた。
「まあ理解してくれたならそれでいい」
俺が異世界転生したことは信じてなさそうだが、治癒魔法については理解してくれたようだ。
俺が転生者であることを理解させるのはまた今度の機会にしよう。
今はそれよりも特訓が優先だ。
「さあ分かったなら特訓だ」
「ほんと、脳筋だなぁ。いつからそんな性格にったの?」
美濃は渋々俺についてきた。
宣言通り、週末は全てトレーニングに当てた。
筋トレだけでは飽きてしまうので、高層ビルの階段を駆け足で上り降りしたり、軽いスパーリングなども織り混ぜた。
もちろん美濃は幾度となく、泣き言を吐いた。
しかしその度に俺は檄を飛ばした。
「イジメてきた奴らを見返せ!」
「お前はザコなんかじゃない!」
「虐げられてきた日々を思い出せ!」
そんな言葉をかけると、美濃は奮起して立ち上がった。
まあ回復魔法をかけているから、体力は元々問題ないんだけれど。
お陰で週明けにはかなり筋肉がついてきていた。
「なんでこんなにすぐに筋肉がつくんだ?」
美濃は不思議そうに自分の身体を触っていた。
「ヒーリングをしてるからな。あれを行えば筋繊維も超回復をする。だからすぐに筋肉もつくのだ」
「あの気功にはそんな力まであるの!?」
「当然だ。この三日間で数ヵ月分ものトレーニング効果が得られたはずだ」
「そうなんだ! すごい!」
美濃は嬉しそうに自らの筋肉を触っていた。
達成感に満ち溢れた顔をしている。
「あとはもう少しぜい肉が落ちたら完璧なのにな」
「それはそのうちなんとかなるだろう。そんなことより、俺はちっとも背が伸びなかったんだが?」
「それは仕方ないよ。筋肉はすぐについても、身長はそう簡単に伸びるものじゃないから」
「そうなのか!? 人間とは不便な生き物だな」
特訓をすればすぐに2mを越えられると思っていたのにガッカリだ。
まあ小さければ小ささを活かした戦いをするまでだ。
「筋力もついて強くなったから、さっそく明日は学校に行き、イジメていた奴らに復讐をしてこい」
「そんなことしないよ」
「なぜだ? 今までの恨みがあるだろう?」
「だとしても暴力は振るわない。もちろんこれからはやられたら身を守るけど」
「そんな生ぬるい考えでどうする! やられたらやり返す。当たり前のことだ,」
のほほんとした態度にイラつき、声を荒らげた。
「暴力なんかじゃないも解決しないよ。それよりも話し合う方がいい」
「そんな態度だからナメられるんだ!」
「ナメられたっていいよ。暴力で仕返しなんてしたら、それこそアイツらと同じ次元になるからね」
美濃はニコニコしながらそう言った。
天空の聖女みたいなこと言いやがって。
本当に生温い奴だ。
しかしどこか憎めない奴ではある。
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司波大我が中二病だったため、 転生が信じてもらえなくて涙目の魔王。
特訓のお陰で無事筋力向上を果たした二人。
敵だらけの司波くんにとって、親友の美濃くんはかけがえのない存在です!
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