第6話 聖女のダンスレッスン
週明けの教室は、一見落ち着いて平和な空気が流れている。
俺の荷物を捨てた事件でクラスの空気が悪くなったから、男子たちは表面上では俺に敵意を向けるのをやめたのだろう。
しかし数名の男士は、苛立ったような目で時おり睨んできている。
しかもその視線は俺だけではなく、友人である美濃にまで向けられていた。
いい度胸だ、クソども。
美濃に手を出したら殺してやるからな。
「おはよー、司波くん」
花蓮が笑いながら手を振って近付いてくる。
「お、おう……」
他の奴らは怖くもなんともないが、どうしてもこの女だけは未だにビビってしまう。
「ん?」
花蓮は俺の顔を見て、首を傾げる。
「な、なんだ?」
「司馬くん、なんか変わった?」
「い、いや。気のせいだろ」
制服の上からでは筋肉は見えないのに、花蓮は目敏く俺の変化を嗅ぎ取ったようだった。
「なんか隠してるでしょ、怪しいなぁ」
「なにも隠してなどおらぬ。ジロジロ見るな」
「いーや。なにかある。幼馴染みの勘を舐めないで」
なにが幼馴染みの勘だ。
そもそもお前は俺と司波大我が入れ替わったことも気付いてないくせに。
「なんか言った?」
「い、言ってない」
まさかこいつ、読心術が使えるのか!?
いやいや、そんなわけない。
それにしても俺と司波大我は幼馴染みをもってしても見分けがつかないくらい、性格や言葉遣いが似ているのだろうか?
この学校には秋になると体育祭というものがあるらしい。
俺が学校を休んでいる間にもその練習は進んでいたそうだ。
今日の体育は、その体育祭で行われるダンス練習だった。
勝手が分からない俺は、美濃と共に後ろの方に並ぶ。
「なぜ男が舞いなどせねばならんのだ?」
「そういう発言はよくないよ。この世界では男性もダンスを踊るんだ」
みんなの前に立ち、振り付けを教えているのは花蓮だった。
「はい、ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイト!」
滑らかに動いたり、急にカクカクさせたり、実に忙しい踊りである。
神に祈りを捧げるというよりは、スポーツという感じだ。
「ほら、司波くん。足が止まってるよ」
「うるさい。分かっておる」
「違う違う。ここは前足を前に出して腕はこう」
花蓮はピトッと身体をくっつけ、俺の手を持って指導してくる。
なにやら南国の花の香りを漂わせており、妙にドキドキさせられてしまう。
こやつ、
「おーい花蓮、俺にも教えてくれよー!」
「勇真くんはちゃんと出来てるでしょ」
「えー? 冷たいなぁ、花蓮」
花蓮が冷たく返すと、勇真はちゃらけて拗ねた振りをした。
しかし花蓮はガン無視である。
ザマァ見ろ。
そのあとも花蓮は遅れが目立つ俺を重点的に指導してきた。
しかし結局振り付けもろくに覚えられず、授業は終わった。
舞などしたことがないし、何より照れくさい。
そんな気持ちでやるから、まるで身につかなかった。
なぜこんなことをしなければならないのか?
殴るとか蹴る種目が体育祭にあればいいのに。
「司波くん」
「なんだ花蓮?」
「あまりにもダンスが出来なすぎるから、放課後は特訓ね」
「は? ふざけるな、なんで俺がそんなことを」
「言い訳無用。ダンスはみんなでひとつにならなきゃ駄目なんだから」
「くそ……」
悔しいが俺だけずば抜けて下手なのは自覚している。
そこまで言うならやってやろう。
この魔王シュバイツァー様に出来ないことなどないっ!
──で、放課後。
「練習って花蓮の家でするのか!?」
「そうだよ。うちなら小さいけどダンスルームあるし」
花蓮の家は俺の家から徒歩一分という、すぐ近所にあった。
まあ幼馴染みというんだから、家が近いのは驚かない。
しかし──
「まあ、大我くん。久し振りね!」
家に花蓮の母上がいるのは少し驚いた。
しかもなにやら俺に好感を持っているのか、ニコニコしている。
魔界では恐怖の魔王と恐れられ、この異世界に来てからも忌み嫌われる存在のようなので、このように笑顔で歓迎されるのは慣れておらず、戸惑ってしまう。
「は、はぁ……お久し振りです」
覚えたてのこちらの世界の敬語で応対する。
っていうか敬語なんて何年ぶりだ?
「すっかり男前になっちゃって!」
「そ、そうでしょうか……あはは」
「はい、ママ。そこまで。司波くんはダンスのレッスンに来たんだから忙しいの」
「はいはい。邪魔しませんよ」
花蓮と二人でダンス部屋とやらに移動する。
言っていた通り、それほど大きくはない。
しかし壁一面がガラスになっており、ダンスの練習には持ってこいだった。
なんでも花蓮はダンスグループに所属していて、家でもレッスン出来るようにこの部屋を改装したらしい。
「ほんと、ママは司波くんが大好きなんだから」
花蓮は髪を括りながら笑っていた。
「なんか妙に歓迎されていたようだったが。なぜ母君はあんなに俺に愛想がいいんだ?」
そう訊ねると花蓮は急に顔を赤く染めた。
「そ、それは、娘の恩人だからでしょ」
「恩人? 俺が花蓮を助けたということか?」
どうやらただ幼馴染みだから俺に気をかけてくれているわけではないようだ。
「司波くんはいつも助けてなんていないって言うけど、私としては本当に感謝してるの」
花蓮はズイッと俺の眼前に顔を近付けてくる。
近い!
近すぎる!
慌てて後退して距離を取ると、花蓮は少し拗ねた顔をした。
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ダンスというのはやってみると意外と楽しいものですよね。
人間は本能的に音楽を聴きながら体を動かすように出来てるんじゃないかと思ってます。
まあなかなかうまくは踊れないのですけど。
上手い人は簡単な動きでもきれいに見えますよね!
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