第7話 花蓮と大我の出会い

「もしあのとき、司馬くんが助けてくれなかったら、私は今みたいに笑えてなかったと思う」


 花蓮は遠くを見る目をして、思い出話をはじめる。



 ──

 ────



 小学四年生の頃、花蓮は俺の通う学校へ転校して来たそうだ。

 今の明るさからは想像できないが、内気で物静かな性格だったらしい。


 新しい学校に馴染めず、誰とも話せない日々が続いた。

 しかしそれがよくなかった。


 ただ内気でしゃべれないだけなのに、都会から来た気取った女の子と認識されてしまった。

 本人は謙遜するだろうが、恐らく類いまれなる美少女だったから、余計そう思われたのだろう。


 とにかく彼女はクラスで孤立した。

 知らない土地で不安なのに友達すら出来ない。

 花蓮は元の学校に戻りたいと何度も親に懇願した。


「そんなある日、一人で神社の裏の森に行ったら、司波くんと出会ったの」


 花蓮は目をキラキラさせながら俺を見る。


「司波くんは違うクラスだったから、学校で会ったことも、話したこともなかった。ただ同い年くらいの男の子と遭遇して、ドキッとしたの」


「まさか一目惚れか?」


「あはは! まさか。その逆。クラスの男子みたいに意地悪なこと言ってきたり、嫌がらせをされると思って怖かったの」


「そんなことするわけなかろう」


「うん。司波くんはそんなことしなかった。私を見て、『暇なら一緒に遊ぼうぜ』って。引っ越してきてからそんなこと言ってもらえたのはじめてだったから、嬉しいを通り越してびっくりした」


 そのときのことを思い出したのか、花蓮は嬉しそうに微笑む。


「なにするのって訊いたら冒険ごっこだって言われて。『お前は見た目が聖女っぽいから聖女な』って言われたんだ」


「せ、聖女っ!?」


「よく分かんないけど『いいよ』って答えたの。『司波くんは王子様か勇者様?』って訊いたら『俺は魔王だ』って言われてさ。私ビックリしちゃって」


「当たり前だ! 王子なんてぼんくらのボンボンだし、勇者なんて間抜けな無能だ!」


「あはは。うん。そのときもそう言ってたね。思い出したの?」


「え? あ、いや……」


 なんと司馬大我も同じ考えだったとは。

 なかなか見どころのある奴だ。


「あのときは本当にすごく楽しかった。それから学校でも話すようになって、司波くんのクラスの女子とも仲良くなって……気付けばクラスのみんなとも友達になれた」


「そうか。よかったな」


「引っ越し前から内気だったのに、こっちに来たら明るくてよく笑う子になったってパパもママもビックリ。すべて司波くんのお陰だよ」


「それは花蓮が努力したからだ。俺のおかげではない」


「ほら。いつもそう言って私の感謝の気持ちを否定するんだから。ま、それが司波くんらしさなんだろうけど」


 花蓮はクスクスと可愛らしく笑った。


 どうやらそんな経緯で彼女は俺の世話を焼きたがるようだ。

 その気持ちはありがたいが、天空の聖女によく似た花蓮にぐいぐい来られると、どうしても恐怖が勝ってしまう。


「あ、話してるうちにずいぶん時間経っちゃった。ほら、レッスン開始するよー」


「ああ、よろしく頼む」




 俺は完璧な最強の魔王だ。

 やると決めたことはどんな下らないことでも完璧にこなせなければ気が済まない。


 ヒップホップとかいう見たこともないダンスも、持ち前のセンスで次第にこなせるようになっていった。

 もちろん花蓮の教え方がうまいということもあるが。


「あー、疲れたぁー。ちょっと休憩」


 花蓮はフローリングの床に仰向けで倒れる。


「おい、寝転がるな。まだまだ続けるぞ」


「無理だよぉ。ちょっと休ませて。っていうか司波くんは疲れないの? すごい体力だよね」


「たかだか一時間で情けない奴め。仕方ない回復してやろう」


 俺は屈んで、花蓮の腹部に手をかざして回復魔法ヒーリングをかける。


「あ、それって捻挫したときにもしてくれ……ああっ!」


「どうした?」


「なんでもないっ……続けて……」


 花蓮はきゅっと下唇を噛み、頬を赤らめる。


「ねえ司波くん、これって、その、エッチなことじゃないよね?」


「愚か者。そんなわけなかろう。これは医療行為だ。気を送っている」


「そ、そう……ならいいんだけど……はうっ! あぁ……だめ、熱いっ……」


 花蓮は固く拳を握り、腰を浮かせる。


「よし。こんなものでよかろう」


「はうっ!?」


 魔法を止めると、花蓮は驚いたように目を見開いた。


「どうした?」


「も、もう終わりなの?」


 花蓮は切なそうな目をして俺のシャツを握る。


「そうだ。疲れは癒えただろ」


「あ……本当だ」


 そういう割に花蓮はくてーっと横たわって惚けたままだ。


「さあ続きをするぞ」


「ね、ねぇ……疲れたらまたあの気を送るやつしてくれる?」


「もちろんだ」


「よし、じゃあやろう!」


 花蓮は急に勢いよく立ち上がった。

 妙に張り切っていて、ちょっと怖い。


「次は二時間ぐらいぶっ通しで踊ろうね!」


「二時間!? 流石に長くないか?」


「それくらいしたら、かなり疲れるから、ヒーリングにも時間がかかるんでしょ?」


「まあそうだな」


「よし! ぶっ倒れるまで踊るよ!」


 よく分からないが頼もしい限りだ。



 ─────────────────────



 医療行為回でした。

 花蓮ちゃん、健康になれて良かったね!


 幼馴染みとの淡くて甘酸っぱい思い出。

 そんなものは私の人生にはありませんでした!


 みなさんもないですよね?ね?ね!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る