第8話 インビジブル

 家に帰ってからも一人でダンスの練習を続けた。

 振り付けはだいたい覚えたが、指先や足先の細かい動きなどはまだ覚えていない

 そのためスマホで録画した花蓮のダンス動画を見ながらの確認だ。


「それにしても似てるな」


 踊る花蓮の姿をまじまじと眺めると、やはり天空の聖女と似ている。


「はい、以上です。それじゃ、司波くん、頑張ってねー!」


 動画の最後はカメラに向かって両手を振るシーンで終わっている。

 満面の笑みが可愛くて、つい何度もそこばかり繰り返して再生してしまっていた。


 ダンスの練習を中断し、床に寝転ぶ。


「それにしても回復魔法以外は使えないものなのか?」


 炎を出したり、雷を落としたり、敵を縛り付ける魔法を試してみるが、どれも発動しない。


「あれはどうかな?」


 元の世界で聖女にやられる前に最後に放った魔法を唱えてみる。


不可視インビジブルっ!」


 術者本人では消えているかどうか分からないので、階下のリビングに移動する。


 リビングには妹と母上がいた。

 妹は風呂上がりらしく、やたら短いショートパンツを穿き、だらしなく脚を広げている。


 俺がリビングに入ってもその姿勢を変えない。


(もしや、見えていないのか!?)


 更に妹に近付いてみたが、やはり反応はなかった。


「てかさ、キモ兄、まだ学校行けてんの?」


「こら、愛花。お兄ちゃんをそんな風に呼んじゃダメ。お兄ちゃんは学校頑張ってるよ」


「マジ? 絶対すぐにまた行かなくなると思ってたのに」


 二人とも俺がいるとも知らずに、会話をしている。

 これは完全に見えていない。

 術は成功だ。


「最近は体育祭の練習でダンスを頑張ってるみたい」


「あいつがダンス? ウケる」


 なぜ母上は俺がダンスの練習をしてるのを知っているんだ?


 その疑問はすぐに明らかになる。


「花蓮ちゃんに教わってるんだって。花蓮ちゃんのお母さんが言ってた」


 なるほど。

 子どもが幼馴染みなら、親同士の交流もあるのだろう。


「花蓮さんもよくあんなキモ兄の面倒を見てくれるよね」


「そりゃ幼馴染みですもの」


「マジで花蓮さん、チョー美人なのにキモ兄のどこがいいんだか」


「あら? 大我はカッコいいわよ。性格だっていいし」


「どこが! そもそもしゃべり方キモすぎで無理」


「まあしゃべり方はね。でも個性的でいいじゃない」


 おい、お前ら、やめろ。見えてないんだろうが、本人が聞いてるんだぞ……


 妹のように罵ってくるのも効くが、母上のように妙に褒めてくるのも気恥ずかしくてキツい。


 これ以上聞いていられないので一旦部屋を出て、術を解いてからもう一度リビングに入る。


「喉が渇いたな。お、愛花」


 愛花は俺の顔を見るなり、気持ち悪い無視でも見たように顔を歪め、部屋を出て行く。

 反抗期なのだろう。


 これで間違いない。

 不可視インビジブルはこちらの世界でも使えるようだ。


 よし、これを活用してやるか……


 思わずニヤリと笑ってしまう。




 翌日の体育の授業。

 俺は昨日の特訓の成果を披露した。


「わぁ! 司波くん、すごい!」


「昨日踊れなかったのは演技!?」


「キレッキレじゃん!」


 いきなり踊れるようになった俺に女子たちが色めき立つ。


「コツさえつかめばこんなものは容易いものだ」


 調子に乗った俺は動画サイトで見たブレイクダンスも見よう見まねで披露する。


「うそっ!? そんなことも出来るの!?」


「ヤバッ!」


「それ、どうやるの? 教えて!」


 女子たちが俺の周りに集まってくる。


「ちょっと司波くん! 勝手なことしないで!」


 花蓮が声を荒らげながら注意してくる。

 鋭い目付きで俺を睨んでいた。

 その顔が天空の聖女に似ていて、ビクッとしてしまう。


 花蓮が怒るなんて珍しいな。


 ちなみに男子たちはムカついたように俺を見ている。

 実に分かりやすい奴らだ。




 五時間目の移動教室の授業前──


 移動した振りをして葛原くずはら粕谷かすやの二人が教室に戻ってくる。


「司波の野郎、キモオタのクセにムカつくな」


「今度は教科書とノートをゴミ箱に捨てるだけじゃなくて破いてやるか」


「いいな、それ。やってやろう」


 彼らはそんなことを言って笑い合う。


 なんて卑小な奴らだ。

 呆れながら俺は不可視インビジブルの術を解く。


「おい、クズとカス。俺の机に触れるな」


 いきなり背後に現れた俺に二人は驚いて振り返る。


「司波っ……いつの間に!?」


「全部聞いてたよ。やっぱお前らの仕業だったんだな」


 体育の授業でテクニックを披露して注目を集めたのは、俺に反感を持つ奴を炙り出すための作戦だった。


 とはいえこんなにすぐに嫌がらせを実行に移すとは思っていなかった。

 いくらなんでもバカすぎだろ。


「覚悟しろ。俺を怒らせた代償はでかいぞ?」


 睨みながら近付くと、葛原が腕を振り上げながら突っ込んできた。


「ッセーよ! この中二病野郎がっ!」


 避けながらわざと擦る程度にパンチを食らってやる。

 あまりのへなちょこパンチに驚いた。


「殴ったな? よし。じゃあ正当防衛だ」


 俺はニヤリと笑うと、間髪入れずに葛原の腹を蹴りあげた。



 ─────────────────────



 ヤキモチを焼く花蓮ちゃんも可愛いですね!

 しかし消える魔法なんて、とてもラブコメ的な魔法です!

 なんとなくラキスケの気配を感じずにはいられません!


 悪用しちゃだめだぞ、司波くん!



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