第9話 ヒーリングは私だけ

 二分後。

 葛原と粕谷は教室の床に呻きながら転がっていた。


「お前らに選択肢をやろう。俺に土下座するか、もしくはこのまま俺と戦うか。どっちがいい?」


 ギロッと睨み付けると、二人は怯えた顔になる。


「謝る。土下座して謝るからっ!」


「ほう。なるほど。賢い選択だ。じゃあついてこい」


「こ、ここじゃないのかよ」


「誰か帰って来るかもしれない。お前たちも土下座をするところを同級生に見られたくはないだろう?」


 薄っすらと微笑みながらそう言うと、彼らは頷く。

 敵の甘言に乗るとは、警戒心のない奴らだ。

 俺は体育館裏に二人を連れていく。


「……ごめん……悪かった」


 二人は悔しそうに土下座をする。


「おいおい。なに勝手に謝罪を始めてるんだ。まずは服を脱いでバンツ一丁になれ」


「は? ふざけんな!」


「じゃあ喧嘩の続きの方にするか?」


 静かに訊ねただけなのに、粕谷も葛原も涙目で顔を青ざめさせる。


「ほら、さっさとしろ」


「は、はいっ!」


 カスとクズは慌てて服を脱いで土下座する。


「すいませんでした」


「もっと深く頭を下げろ!!」


「は、はいっ! すいませんでしたぁぁあー」


 二人は地面に頭を擦り付けて謝っていた。


「よし、録画完了」


「へ?」


「お前らの裸土下座、ムービーで録画したから。もし次ふざけた真似したらネットで拡散するからな?」


 この世界では動画の流失を何よりも恐れる傾向がある。

 リベンジをするにあたり、ここ数日で学んだことだ。


「おい、ふざけんな! 消せよ!」


 葛原が怒りながら俺に突っ込んできた。

 学習能力のないバカなのか、こいつ。


 太ももにローキックを見舞うと、悲鳴を上げながら転げ回っていた。


 こんな弱さでよく俺に喧嘩を売ったものだ。


「あ、ヤバイ! もうとっくに授業始まってるな!」


 俺は慌てて教室へと向かう。


 それにしてもちょっと意外だった。

 俺の教科書をゴミ箱に捨てたのは、てっきり勇真かと思っていた。


 いや、あいつはそう簡単に尻尾を出さないのだろう。

 弱そうだから喧嘩をすれば余裕でボコれるが、理由もなくそれは出来ない。


 きっとそんなことをすれば卑劣な手で復讐をしてくるだろう。

 なんといってもあいつは人心掌握にだけは長けた勇者なのだから。


 でも必ず化けの皮を剥いでやる。



 放課後──


「あれ? 葛原と粕谷って早退したのか?」


 勇真が不思議そうに辺りを見回す。


「なんか五時間目前に帰ったみたいだぜ」


「マジか。相変わらず勝手な奴らだな」


 どうやらあの様子だと、俺に制裁を加えられたことは本気で知らないようだ。

 やはりゴミ箱事件も関わっていないのだろう。


「ねぇねぇ司波くん!」


 花蓮が駆け寄ってきて、背後から背中を突っつく。


「わっ!? 急に背後を取るな! 驚くだろ」


 危うく反射的に攻撃をしてしまうところだった。


「今日も一緒にダンスの練習をしよう!」


「いや、もうだいたいマスターしたから大丈夫だ」


「あんなのまだまだだよ! 今日は三時間ぐらいぶっ通しで倒れるくらい踊るんだから。それで、あの、倒れたらゆっくり時間をかけてあの気を送るヒーリングとかいうやつをして欲しいんだけど……」


「司波くんとダンス? 私もしたい!」


「私もー!」


「だ、だめ! ダンスは二人でするの」


 花蓮は両手を広げて他の女子たちを近付けないように制する。

 誰にでも優しい花蓮にしては珍しいな。


「ダンスは全員で息を合わせないと意味がないんだろ? 個人練習より全体練習をすべきだ」


「やった!」


「私にも教えて、司波くん!」


 女子たちが嬉しそうに声を上げる。


「ああ、よかろう。って痛っ! 花蓮! 足を踏んでるぞ!」


「あ、ごめん」


 花蓮は反省ゼロの感情のない声で謝る。

 なんだか怒ってないか?


 クラスみんなで練習しようと声をかけたが、俺に嫌悪感を持ってそうな奴らは無視をする。

 女子も何人か帰ったが、男子は大半が帰っていった。


 その結果、男子は美濃と勇真、あと数えられるほどしか参加していない。


「じゃあ始めるよ!」


 今日も花蓮がみんなの前に立つ。

 俺は後ろに立とうとしたが、女子たちに押し出されて花蓮の脇に立たされた。


 前でみんなを見ながら踊っていると、花蓮が言っていたことがよく分かる。

 動きはみんなそれなりに出来ているが、まとまりがない。

 少しづつずれたダンスというのは見ていて綺麗ではなかった。


 美濃は振り付けを覚えて動けているが、みんなより半テンポほど遅れている。

 逆に勇真は上手いのだが、少しひけらかすように動きが大きかった。

 俺が踊れるのを見て、対抗意識を燃やしているのだろう。


「勇真くん、みんなに動きを合わせて」


 見兼ねたのか、花蓮が注意をする。


「きゃあっ!」


 ターンをする場面で一人の女子が転んだ。

 確か学級委員長の美原みはらゆうという子だ。


「大丈夫か?」


「はい。すいません」


 見ると膝を擦りむいて血が滲んでいた。


 反射的に回復魔法ヒーリングを使おうと、右手を翳す。


「悠ちゃん大丈夫? 手当てするから保健室に行こう!」


 慌ててやってきた花蓮が、美原を起こして肩を貸す。


「治療なら俺が」


 そう言うと、花蓮は頬を赤らめて拗ねた顔をする。


「ヒーリングは私以外の女の子にしちゃダメ」


「は?」


「行こう、悠ちゃん」


「はい」


 ……なぜ拗ねられたんだ?

 花蓮は時々よく分からないとこがある。



 ─────────────────────



 乙女心を理解しないというラブコメ主人公の素質がある魔王様。


 とりあえずクラスの敵を排除し、リベンジ一つ完了!


 しかし先はまだまだ長そうです。







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