第10話 名前を言ってはいけないあの人
けが人が出たことでダンスの練習は終わり、俺は美濃と共に帰宅していた。
「いやぁやっぱり司波くんはすごいね。ダンスもあっという間にマスターするんだから」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
「花蓮さんに教えてもらったんでしょ?」
美濃に指摘されると、急に身体が熱くなった。
「あ、あいつがやるって言うから仕方なく教わったまでだ。そもそもあの程度のダンス、一人でもマスターできた」
「いいなぁ、司波くんはあんな素敵な幼馴染みがいて」
美濃はニマニマしながら頷いていた。
なんだか居心地が悪くなり、無理やり話を変える。
「そんなことより美濃。バタバタしていて聞くのを忘れていたが、俺やお前をイジメていた奴って言うのは誰なんだ?」
「そんなこと知ってどうするの?」
「もちろんこれまでのお礼をお返しするんだ。この世に生まれてきたことを後悔するくらいに、な」
「やめておいた方がいいよ」
「なんでだ?」
「さすがの司波くんでも、あの人と喧嘩するのはまずい」
美濃は怯えたように辺りを見回し、小声で呟いた。
「いいから教えろ」
「悪いけどそれは教えられない。学校外のヤバい人とも繋がってるって噂だし」
「は。笑わせるな。たとえ誰であろうが、この俺が負けると思うか?」
美濃は首を振り、黙ってしまった。
「まあいい。どうせお前が言わなくとも、向こうからまた来るだろうからな」
それにしても名前を言うことさえ躊躇われるとは、美濃は相当そいつに怯えているようだ。
美濃と別れたあと、ふとあることに気が付いた。
「そういえば
魔界にいた頃はその気になれば数年透明になったままの状態をキープできた。
しかし異世界に来てからは
不可視もそれほど長い時間は出来ないはずだ。
急に切れてもまずいから、確認しておくか。
周りに誰もいないことを確認してから不可視化する。
試しに前から歩いてきた奴の目の前に立ったが、避けることなくぶつかってきた。
ちゃんと透明化しているようだ。
家に帰る道中、他人に見えてないか確認しながら歩いたが、効果は持続していた。
どうやら十分くらいは余裕で持つらしい。
家に戻ると、あいにく母上は不在だった。
見てもらえる人がいなければ術が続いているか確認が出来ない。
「仕方ない。もう一度外に行くか」
腰を上げようとしたとき、リビングのドアが開いた。
「あー、さっぱりした」
妹の愛花が首にかけたタオルで頭を拭きながら入ってくる。
風呂上がりらしく、下着姿だ。
レモンイエローの生地に洋菓子のイラストが散りばめられている、いかにも女の子といったデザインだ。
それにしても家の中とはいえ下着姿でうろつくとはだらしない奴だ。
苦言を呈してやりたいが、こんな場面で姿を現したらまた罵声を浴びせられるに違いない。
不可視の術が解ける前にソローッと部屋を出よう。
物音を立てないよう、慎重に歩き出すと──
「へ?」
愛花は急に驚いた顔になる。
ヤバいっ……
術が解けた……
「お、おう、愛花」
「きゃー! 変態っ! スケベ! 犯罪者!」
「落ち着け。俺たちは兄妹だろ」
「出ていけ、変質者!」
クッションやらティッシュペーパーボックスやら、手当たり次第に投げつけられる。
「待て待て、おいっ! グハッ!」
テレビのリモコンが顔面に直撃し、俺は慌ててリビングを飛び出す。
まったく……
愛花は兄に対する敬意や尊敬など欠片も持ち合わせていない。
困った妹である。
母上が帰ってくると、愛花は真っ先に先ほどの出来事を報告していた。
「変態? なに言ってるの。お兄ちゃんでしょ」
「こんなキモい奴、お兄ちゃんなんかじゃない!」
「こら、愛花。なんてこと言うの。そもそも下着姿でうろうろしている愛花が悪いんでしょ」
「はあ!? 家なんだから別にいいでしょ!」
「そんなこと言うなら、お兄ちゃんだって家なんだからどこにいてもいいでしょ」
至極まっとうな指摘をされ、愛花はなにか言い返したそうにしていた。
まあ変質者扱いをされたのは納得いかないが、柔肌を見られて憤慨する愛花の気持ちも分からなくはない。
それに俺は不可視状態だったという負い目もある。
「悪かったな、愛花。これからは俺も気をつけよう」
謝罪すると、愛花はプイッとそっぽを向いて部屋を出ていってしまった。
年頃の妹というのは実に扱いづらい生き物である。
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透明人間になれるなら何をするか?
男子なら誰しもが一度は語り合うテーマですね!
そしてとても女子には聞かせられない内容で盛り上がる。
青春の1ページです。
というか3ページくらいに渡って書かれています。
しかしシュバイツァーはもちろんそんな卑猥なことに利用しません。
まあ、たまたま運が悪くてそういった場面に遭遇することはあるかもしれませんが。
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