第45話 伝説の魔王、ヴァッゾーラ

 先代魔王ヴァッゾーラが住んでいるのは『最果ての密林』と呼ばれる土地である。

 毒蛇や肉食昆虫などが生息し、人はおろか魔族でもほとんど足を踏み入れない密林だ。


 上空から森を見回し、二日かけて集落のようなものを発見した。


「最果ての密林の中に人の集落が?」


 不思議に思い降り立つと、動物の皮を鞣した粗悪な衣服を身に纏った原住民族たちが騒ぎ出した。


「驚かせてすまない。ヴァッゾーラ卿というものを知らないか?」


「⊄θξξ陬! ‡膾湍£∆!!」

「≡∧噎!!」


 原住民族たちは粗悪な槍をこちらに向け、騒いでいた。

 なにを言っているのかまったくわからないが、歓迎されていないことだけは確かなようだ。


「落ち着け。お前たちに危害を加えに来たわけではない。ヴァッゾーラ卿を探しに来ただけだ」


 近付こうとすると、原住民族たちはザワッと騒ぎ、槍を構えながら後ずさる。


「わしに何の用だ、シュバイツァー」


 白髪に長い白髭を蓄えたヴァッゾーラが突如現れる。

 魔王というよりいにしえの賢者といった風貌だった。


「ヴァッゾーラ卿、お久しぶりでございます」


 片膝を付いて敬意を示すが、ヴァッゾーラは鼻白んだ表情になる。


「よくぬけぬけとわしの前に姿を表したものだな」


 ヴァッゾーラが呆れるのも無理はない。

 シュバイツァーは師匠であるヴァッゾーラを力でねじ伏せて追放したのだから。


「以前は大変な無礼を。若気の至りでございます」  


「そんなひと言で片付けるな。むしのいい奴め」


 原住民族たちはみな、ヴァッゾーラの背中に隠れるようにしていた。

 どうやら先代魔王は彼らに慕われているらしい。


「わしを殺しに来たのか? 侮るな。貴様ごときに殺られるわしではないぞ」


 ヴァッゾーラは魔法の杖を構え、俺を睨みつけてくる。

 その佇まいを見るだけで、彼が未だに相当の力を持っていることが伝わってきた。


「無礼を承知で申す。俺を鍛えてくれないか?」


「貴様を鍛える? はっ、冗談を抜かせ」


「冗談ではない。本気で言っておる。この通りだ」


 ひざまずいた姿勢のまま、深々と頭を下げる。


「確かにずいぶんと弱くなったみたいだな……」


「ああ、そうだ。再び力を取り戻したい」


「なにゆえ強くなりたい?」


 ヴァッゾーラは深く静かな声で問い掛けてくる。


「人間と魔族が共存できる世界を作るためだ」


 ヴァッゾーラの目を見て、偽らざる思いを伝えた。

 ヴァッゾーラも俺の目をじっと見つめてくる。


「貴様が人間と手を組んだという話は聞いていったが、まさか本当だったとはな」


「頼む。ヴァッゾーラ。我が師よ」


「平和を望むのになぜ力がいる? その考えが既に間違っておる!」


 ヴァッゾーラは突如激昂し、杖から炎を放ってきた。

 慌てて避けたが、前髪がチリチリと焦げてしまった。


「魔族はイザベラを中心に総攻撃を仕掛けてきている。まずはそれを食い止め、話し合いに持ち込まねばならない。そのためには力がいる」


「愚か者が! 力に力で立ち向かおうとしてる時点で、和平などあり得んのが分からんのか!」


 ヴァッゾーラは原住民族たちが使っていた槍を手に取り、襲い掛かってくる。

 老人とは思えない素早い身のこなしで、俺も本気で逃げなければかわせないほどだ。


「シュバイツァー、いや最近はタイガと名乗っているらしいな。貴様はここで殺す」


「ヴァッゾーラ……待ってくれ」


「わしはこの千年、貴様を殺すことだけを考えてきた」


 ヴァッゾーラの身体が蒼白く光り、それまでとは比べ物にならない速さに変わった。


「くそっ!」


 俺も自らに迅速の術を使い、全力でヴァッゾーラの攻撃から逃れた。




 千年の恨みは凄まじいもので、ヴァッゾーラの攻撃は執拗なものだった。

 衝撃波ですっ飛ばされ、槍で肩を衝かれ、真空刃で切り刻まれそうになる。


 岩陰に隠れて回復呪文で癒やしていると、ヴァッゾーラが追撃してきた。

 慌てて転がってその攻撃を避ける。


「どうした? 反撃も出来ないのか? 情けない奴め」


「業火弩砲!」


「甘い!」


 ヴァッゾーラは俺の業火に洪水の魔法をぶつける。

 業火は掻き消され、俺は洪水に揉まれて森の中を転がさせられた。


「弱い。弱すぎる。失望したぞ、タイガ!」


「くそっ……」


 ここままでは本当に殺されかねない。

 死を覚悟してヴァッゾーラのもとに来たが、いざ瀕死の際に立たされると怖かった。


「さらばだ、タイガ。墓くらいは建ててやろう」


 死ぬ前には走馬灯のように思い出が流れるというが、事実だった。

 一気にこれまでの人生がフラッシュバックされる。

 しかしその全てはこの世界に来てからのことだった。


 恥じらいながらキスをしてくるカレンの姿が脳裏に過る。


 カレンッ……


 そうだ!

 俺はこんなところで死ねない。

 カレンが俺の帰りを待ってくれているんだ!


 全身に力が漲った。

 その力を一気に練り上げ、手のひらに込めて放つ。


「うおおおおおっ!」


 術の名前など知らない。

 全身全霊を込めた一撃を放つ。


 龍の形になった黒い炎がヴァッゾーラめがけて飛んでいく。


「くっ……」


 爆発が起き、辺りにもうもうと煙が立ち込めた。


「なかなかやるな、タイガ」


 ヴァッゾーラはニヤリと笑いながらゆっくりと近付いてくる。


「えっ!? 今ので倒したんじないのか!? ゲームとかアニメなら今ので勝つっていうパターンじゃないのかよ、普通!?」


 メタい不満が溢れ出す。


「あの程度でわしを倒せると思ったのか? 笑わせるな!」


 ヴァッゾーラの白髪や白ひげがブワーッと逆立っていく。

 圧倒的なラスボス感。

 俺は再び死を覚悟してしまっていた。



 ─────────────────────



 命がけで戦う大我くん!

 果たして前魔王に勝てるのでしょうか?




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