第21話 小指の契り

 ~~シュバイツァーside~~


 まったくこの世界は最低だ。

 魔法も使えなければ、気に入らない奴を叩きのめしてもいけない。


 夏油が教室へとやって来た日以降、ガラの悪い奴らからじろじろ睨まれていた。

 しかし直接手を出してくることはない。


 恐らく俺の力が格段に上がったことをようやく認め、どう扱うかを考えているのだろう。

 腰抜けめ。

 気に入らないのならばすぐに戦いを挑んでくればいいのに……


「ダメだよ」


 花蓮が俺を顔を覗き込んでそう言った。


「なんのことだ?」


「いま、喧嘩しようって考えていたでしょう?」


「そんなことひと言も言ってないのだが?」


「言ってなくても顔を見れば分かるの。幼馴染みを舐めないでよね」


 相変わらず勘の鋭い女だ。

 それなのになぜ俺が大我じゃないと気付かないのだろう?


「俺が喧嘩を売らなくても、向こうから絡んできたらどうするんだ?」


「そのときは逃げて先生なり警察なり大人に頼ればいいの」


「バカな! 喧嘩を売られて逃げるほど俺は腰抜けじゃない!」


「心配してるの! 確かに司波くんは強くなったのかもしれない。でも大人数で、しかも凶器を持ってこられたら、どんなに強くても怪我しちゃうでしょ」


 花蓮は俺のシャツの袖を握って訴えてくる。

 やや潤んだ瞳で見詰められ、返答に窮してしまった。


「まあ可能な限り喧嘩は控えよう」


「うん。約束ね!」


「なんだ、その小指は?」


「指切りげんまんでしょ、ほら」


 花蓮は小指を立てた手をぐいっと俺の顔に近付けてくる。


「どうするんだ?」


「ふざけてるの? 小指と小指を絡めて誓うに決まってるでしょ」


「こ、小指と小指を絡める、だと!?」


 その行為は俺たちの世界では──


「あーもう。じれったい! 喧嘩は絶対にしない。指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーます、指切った!」


『永遠にあなただけを愛する』という意味なのだが……

 しかも最近では若者たちの間で『今宵、男女の契りを交わそう』という約束の意味で使われている。


「か、花蓮、お前、まさか……」


「ん? なに?」


「お、おお俺と、契りたいのか?」


「チギル? なにか千切りたいの? レタス?」


「いや、その……そうじゃなくて……」


 センシティブな内容なので花蓮に小声で耳打ちする。


「は、はあああ!? へ、変態! エッチ! スケベ!」


「わっ!? ちょ、ちょっと待て! 痛っ! 叩くな、蹴るな!」


 興奮する花蓮をなんとか宥め、落ち着かせる。

 どうやらさっきの『指切りげんまん』と俺たちの世界の『小指契り』はまるで別物のようである。

 ややこしい。


「なにが勘違いよ! そんなこと、司波くんとするわけないでしょ! こ、恋人でもないのに」


「まあそうだよな。本当に悪かった」


「恋人じゃないのに!」


 同じことをもう一度言ってジィーッと俺を見ている。


「ん? あぁ、それはさっき聞いたが……」


「ふんっ!」


 花蓮は肩を怒らせながら去っていく。

 まったくよく分からない奴だ。



 昼休み、情報収集をさせていた葛原と粕谷が俺の元にくる。


「なにか分かったか、クズカスコンビ」


「なんだよ、その呼び方!」


「葛原と粕谷なんだからクズカスだろ。カスグスのほうがよかったか?」


「ふざけんな。どっちも嫌だ」


「まあそんなことはどうでもいい。なにか分かったのか?」


「ああ、まぁ……」


 クズカスコンビは目を合わせ、歯切れ悪く答える。


「なんだ? さっさと報告しろ」


「ちょっと司波くん。二人が一生懸命調べてくれたのに失礼だよ」


 美濃がフォローしてくる。

 相変わらず気を回す奴だ。


「どうやら三年の重森先輩のところまで話が言ってるみたいでな。夏油先輩に、必ず司波をシメろって命令が下ってるらしいんだよ」


「ほう? それで?」


「重森先輩の命令は絶対だから、夏油先輩は相当気合い入れてるみたいだ。でも司波がかつての司波じゃないことも理解してるんで、かなり仲間を集めているらしい」


「はっ! くだらない。かつてイジメていた相手に臆し、徒党を組んで攻めてくるとは、よほどの腰抜けだな」


「夏油先輩はかなり用心深いからな。気を付けたほうがいいぞ」


 粕谷は真面目な顔で忠告してくる。

 どうやら本気で心配してくれているようだ。


「よその学校にも声をかけてるみたいだし、三十人くらいで襲ってくるかもしれない」


「うちの学校は結構真面目なほうだから、ヤンキー少ないからな。よその荒れた学校から精鋭を集めるみたいだ」


「それはまたずいぶんと集めているな。うちは俺と美濃、それにクズカスの四人なのに」


「はあ!? ちょっと待てよ! なんで俺らもお前らの仲間にカウントされてんだよ!」


「安心しろ。戦うのは俺と美濃だけだ。お前らは頭数の賑やかしだ」


「ふざけんなよ。司波の仲間だと思われたら、もうこの学校にいられない」


「なんで僕が戦うメンバーに入ってるんだよ! 喧嘩なんてしないよ!」


 クズカスも美濃も腰が引けてしまっている。

 まあ俺一人で充分だからいいけど。


 俺を潰すために準備しているなら、整う前にこちらから潰しに行くか。


 そう思った瞬間、花蓮との小指の契りを思い出した。


『喧嘩は絶対にしない。指切りげんまん。ウソついたら針千本飲ーます。指切った』


 妙な節の歌と共に小指の擽ったさが甦る。


 くそっ……

 勝手な約束なんてしてきやがって、花蓮の奴め。



 ─────────────────────



 ところ変われば文化も変わる。

 指切りげんまんは異世界においてとんでもない意味があるんですね!


 さすがの魔王もドキドキです!

 夏油先輩には、まったくドキドキしてないみたいですけど。



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