第49話 花蓮と愛花

 大会後の市民文化ホール周辺は花束を持つ人や仲間と記念撮影する人などでごった返していた。

 こういう展開になると知っていたら俺も花束の一つでも用意していたのに。


「おーい、司波くーん!」


 ステージ衣装から私服に着替えた花蓮が駆けてくる。

 あれほど激しく踊ったのに走れるなんて、ずいぶんとタフなやつだ。

 ヒーリングなど必要ないんじゃないのか?


「お疲れ、花蓮。優勝おめでとう」


「ちゃんと見てた?」


「当たり前だ。しっかり見させてもらった」 


「ほんと? ありがと!」


 気分が高揚しているのか、ちょっといつもより距離が近い。


「優勝なんて凄いな」


「えへへー。もっと褒めていいよ」


「美しい舞いだった。輝いて見えてたぞ」


「ほ、本当に褒めなくていいの。そこは調子に乗るなってツッコんで欲しかったのに」 


 花蓮は恥ずかしそうに笑う。

 騒々しくて、ややこしくて、そして愛らしいやつだ。


「さ、じゃあ行こうか」


「え? ダンス仲間と打ち上げに行くんじゃないのか?」


「それは今度でいいの。今日は司波くんと過ごす約束でしょ」


「今度って。せっかく優勝したんだから今日祝えばいいのに」


「司波くんは私と過ごしたくないわけ?」


 花蓮は不服そうに頬を膨らませる。


「そ、そうじゃないが……」


「みんなもカレ、し、司波くんと遊んできていいよって言ってくれてたし」


「そうか? じゃあ」


 俺としても花蓮といたかったので、そのまま遊びに出かけることとした。


「あれ、ラ・フレームのカレンちゃんじゃない?」


「あ、ホントだ。彼氏いるんだ」


「てか彼氏カッコいい!」


「カレンちゃーん! おめでとう!」


 男性女性関係なく、花蓮のファンは多いようだ。


「ありがとうございます!」


 花蓮は爽やかな笑顔でそれに応える。

 ここにいたら人目について仕方ないので、速やかに移動した。


「花蓮は人気あるんだな」


「大した事ないって」


「芸能活動をしてるわけじゃないのにファンがいるって凄いことだろ」


「あ、ヤキモチ?」


「そんなわけなかろう。いちいち鬱陶しい確認するな」


「ふぅーん。妬かないんだ」


 花蓮はつまらなさそうに呟いて俯く。


「あ、まあ、いや……俺の知らない花蓮がいるだと思うと、少しモヤッとした」


「そっかそっか。えへへ」


「ヤキモチではないからな」


「はいはい。そういうことにしておく」


 こいつは妬いてもらいたいのか?

 不思議なやつだ。


「それにしても一日過ごすと言っても、もう夕方だな。食事でもして帰るか」


「なに言ってるの? もしかして聞いてないとか?」


「なんのことだ?」


「うち、今日は親が二人ともいないから司波くんの家に泊めてもらうことになってるんだけど?」


 花蓮はキョトンとした顔で俺を見ていた。


「はぁああっ!? そんなこと聞いてないぞ!」


「お父さんは出張で、お母さんはおじいちゃんの世話があって実家に帰ってるの」


「だとしてもなんで花蓮がうちに泊まりに来るんだ」


「一人じゃ不用心だし、司波くん家とうちは親ぐるみで仲がいいから、お世話になるって話で」


「そうなのか……」


「なによ。そんなに迷惑そうな顔しないで」


「迷惑じゃないが、その……落ち着かないだろ」


「あー、なんかエッチなこと考えてない? お風呂とか覗かないでよね」


「覗くか、そんなもの!」


 花蓮は疑わしい目でジトーっと睨んでくる。

 どれだけ信用ないんだ、俺は。




「ただいま戻った」


「お邪魔しまーす」 


 家に着くと妹の愛花がタッタッタッと駆け寄ってきた。


「花蓮さん、お久しぶりです!」


「愛花ちゃん。可愛くなったねー」


「花蓮さんこそ、相変わらず美人ですよねー!」


 愛花は俺に見せたことないような笑顔で花蓮を出迎えていた。


「おい、愛花。花蓮は疲れているんだ」


「いいのいいの。私も久々にあえて嬉しいし。それに疲れた方がたくさんヒーリングしてもらえるし……」


 なぜか花蓮は恥じらうように頬を染める。


「ねえ花蓮さん、私の部屋に来て」


「いいよー」


 愛花に手を引かれ、花蓮がチラッとこっちを見てから階段を上っていく。

 こうして見ていると二人は仲の良い姉妹のようだ。



 夕食は花蓮が好きだという母上特製の餃子だった。

 パリッと焼かれた皮とざく切りの野菜の歯触りがよい。

 溢れ出す肉の旨味とさっぱりしたタレの相性も非常によい。


 相変わらず食べ物に関しては俺の暮らしていた世界とは雲泥の差である。

 なぜこの世界の住民たちはここまで食にこだわり貪欲になれるのだろうか?


「ところどころかたちの悪いものもあるな」


「それは私が包んだやつ。てかキモ兄は私が包んだやつ食べないでよね」


「こら、愛花」


「お兄ちゃんにそんなこと言っちゃ駄目だろ」


 母上、父上にたしなめられ、愛花はムスッとする。

 いい気味だ。


「私が巻いたやつもあるんだよ」


 花蓮がにっこりと伝えてきた。


「ほう……これかな?」


「正解! なんで分かったの?」


「母上が作ったにしては不格好だが、愛花が作ったにしてはきれいだからな」


 鋭い洞察力を褒められるかと思いきや、花蓮はムッとした顔でそっぽを向く。


「不格好なんて失礼でしょ」


「そうだぞ、大我」


 なぜか今度は俺が両親からたしなめられる。

 愛花は嬉しそうに「サイテー」と俺を罵っていた。



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 鋭い洞察力が正しいとは限らない。

 魔王様にはちょっと難しい話でしたね!




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