第50話 真夜中の二人

 愛花は花蓮にべったりで、食事後は自分の部屋に連れて行き、風呂まで一緒に入ると言い出した。

 流石に見かねた母上が愛花をたしなめる。


「こら、愛花。花蓮ちゃんが疲れるでしょ」


「いいんです、おばさん。行こう愛花ちゃん」


「うん!」


 愛花はニコニコしながら花蓮と浴室へと向かう。

 疲れている花蓮には申し訳ないが、愛花があんなに楽しそうにしているのを見るのははじめてなので、少し嬉しかった。 


「悪いな、花蓮」


「ううん。私も楽しいもん」


「キモ兄、お風呂覗かないでよ」


「誰がそんなもん覗くか!」


「覗かないでよね、司波くん」


 花蓮はニヤッと笑ってからかってくる。


「ふざけんな」


 ちょっと花蓮の裸体を想像してしまい、ドキッとしてしまった。




 風呂上がりの花蓮はホコホコとして頬を赤く染めていた。

 はじめて見る濡髪も相まってやけに艶っぽく感じてしまった。


 風呂上がりも愛花は花蓮にべったりで、結局ほとんど会話もないまま就寝となった。

 妹が喜ぶ姿を見るのは嬉しいが、花蓮と会話できないことに少し寂しさを覚えてしまう。



 夜中の十二時過ぎ、俺の部屋のドアがコンコンッとノックされた。

 ドアを開けると、少し緊張した面持ちの花蓮が立っていた。


「どうしたんだ、こんな夜更けに」


「ヒ、ヒーリングしてくれる約束だったでしょ。忘れたの?」


 花蓮は小声で責めるような口調でそう言った。


「あー、そうだったな」


 花蓮は足音を消すように歩き、そろーっと床に寝そべる。


「冷たいだろ? 床じゃなくてベッドで横になれ」


「し、司波くんのベッドに?」


「イヤか?」


「う、ううん。そんなことないよ」


 灯りをつけようとすると、その手を花蓮に掴まれる。


「暗い方がいい。家の人に気付かれてもアレだし……」


「そうだな」


 別に疚しいことをするわけではないが、年頃の二人が夜中に一つの部屋にいるのもよくないだろう。


「今日は疲れているのに愛花の世話をさせて悪かったな」


「ううん。愛花ちゃんは妹みたいなもんだもん。あ、ち、違うからね! 義妹とかそういう意味じゃなくてっ」


「何をゴニョゴニョ言ってるんだ?」


「な、なんでもない」


 花蓮はベッドにうつ伏せになり、顔を俺の枕に埋める。


「司波くんの匂いがする」


「嗅ぐな」


「なんか落ち着くんだよねー、司波くんの匂いって」


 そんなこと言われてなんて返せばいいのか分からず、恥ずかしくなってきてしまう。


「今日はうつ伏せじゃなくて仰向けだ」


「そうなの? わかった」


 匂いを嗅がれるのが恥ずかしくてそうさせたが、見詰められるのも、それはそれで恥ずかしい。


「じゃあ始めるぞ」


「うん。優しくね」


 ヒーリング中の花蓮はなぜか騒がしくなる。

 こんな夜更けに変な声を出されても困るので、弱々しく開始した。


「それにしてもダンスは凄かったな」


「そう? ありがとう」


「将来はプロになるのか?」


「私がプロのダンサー? ないない。あり得ないよ。私より上手い人なんてたくさんいるし」


 常夜灯で照らされた花蓮は、苦笑いを浮かべながら手をパタパタさせていた。


「ダンスは上手い奴がいても、花蓮ほど見た目が美しいものは少ない。アイドルとやらになれるんじゃないか?」


「わ、私がアイドル!? それこそあり得ないってば」


「そんなことあるまい。少なくとも俺の目には花蓮より美しい女性はいない」


「ちょ、な、なに言ってるのよ。お世辞はいいからはやくヒーリングして」


 オレンジ色の灯りだから分かりづらいが、花蓮は相当赤面しているようだ。

 かく言う俺もなんだか顔が熱い。

 ちょっとおしゃべりが過ぎたようだ。


 ゆっくりとヒーリングを開始していく。


「んっ……あったかい……」


 花蓮は軽くまぶたを閉じ、ほふっと熱い吐息を漏らす。


「今日は疲れておるだろうから、長めに癒やしてやるから覚悟しろ」


「えっ……うん。ありがとう。途中でやめないでね」


「もちろんだ」


「私がやめてって言ってもやめちゃ駄目だからね」


「そうなのか? まあ分かった」


 よく分からないが、それが望みならそうしてやろう。


「あっ……なんかいつもより……ひゃっ……」


 花蓮は眉根を歪め、腰を軽く浮かせる。


「あんまり動くな。やりづらい」


「だって……やっ……んううっ……はぁはぁはぁ……」


 花蓮はシーツを固く握り、シワをつくる。


「や、やっぱり無理かも……ごめっ……はうううっ!」


 花蓮は苦しそうに目を薄く開き、俺を見る。


「だめ……一回やめて……は、早すぎるっ……」


「静かに。隣の部屋の愛花に聞かれるぞ」


 花蓮の言いつけ通り、やめろと言われてもやめない。


 花蓮は口に手を当て、ふるふると首を振りながら涙目で俺を見つめていた。



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 神聖な医療行為回です。

 次回も医療行為は続きます。



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