第48話 花蓮の舞い

 土曜日の午前十時。

 花蓮に指定された市民文化ホールの前に到着する。

 何やら催し物があるようで、多くの人で賑わっていた。


「おーい、司波くーん!」


 花蓮が手を振りながら駆けてくる。

 ゆるんとしたスウェットパンツに丈が足りてなくてへそが見えているTシャツを着ていた。


「な、何だその格好は!?」


「これはステージ衣装」


「なぜそんなものを着ているんだ?」


「今日はここでダンス大会に出るの。それを司波くんにも観てもらいたくて」


「そういうことか。それにしてもそんな格好でステージに立つのか? 腹が見えているぞ」


「あー、もしかしてメイド服の時みたいにまたヤキモチ?」


 花蓮はニマーっと笑いながらからかって、腰を捻って贅肉のない白磁のような腹部を強調してきた。


「ば、馬鹿なことを言うな! なぜ俺が妬かねばならんのだ。ただ衆人に腹を晒して恥ずかしくないのか気になっただけだ」


「そういういやらしい目で見るからそう見えるだけでしょ。これくらい普通なんだからね」 


「い、いやらしい目でなど見ているか! 痴れ者め!」


 話をしていると花蓮と同じ格好をした女子たちが駆け寄ってくる。

 きっと同じダンスチームの仲間たちなのだろう。


「なに花蓮、彼氏?」


「わー、イケメン!」


 大会前で昂っているのか、みんな妙にテンションが高い。


「違うから! ただの幼馴染み!」


「そうなの? じゃあ紹介してー!」


「あたしもー!」


 チームメイトたちは俺に寄ってきて、腕を組んだりしてくる。

 はしゃぐ若い娘というのはどうも苦手だ。 


「なにデレデレしてるの、キモい!」


「痛っ! 叩くな!」


「ほら、行くよ。みんな」


「えー? まだいいじゃん」


「練習しとかないと」


 花蓮は俺から仲間たちをこれから引き剥がして立ち去ろうとする。


「花蓮」


 呼び止めると花蓮は髪をフワッとさせながら振り返る。

 その姿は息を呑むほど美しく見えた。


「頑張れよ」


「うん。頑張るね」


 ニコッと微笑まれ、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。

 花蓮が遠くへ去るまで、その背中を進んでいってしまっていた。




 ダンス大会のプログラムは前半キッズダンスをし、その後に花蓮たちも出場する一般部門となっていた。


 キッズダンスなどというから侮っていたが、子どもとは思えないほどの動きをする。

 そのたびに観客席からは拍手やどよめきが起こっていた。


 しかし一般部門が始まると更にハイクオリティなダンスが披露される。

 どのチームも逸し乱れぬ動きで軽やかにステップを繰り広げていた。


 体育祭のときに俺もダンスの練習をしたからその難しさは理解している。

 あれほどの踊りを舞うためには、かなりの鍛錬が必要だろう。


「続きましては『ラ・フレーム』によりますヒップホップです」


 花蓮たちのチームである。

 俺は姿勢を正してステージを注目する。


 アイドルの可愛らしい曲なのかと思いきや、黒人ラッパーが歌ってそうなゴリゴリのヒップホップだった。


 素早く動いたかと思えば急に止まったり、ゆっくり動いたりと緩急の付け方が上手い。


「ほう……なかなかやるな」


 力任せに回り始め、最後はジャズダンスのように足先を綺麗に捌く。

 力強さとしなやかさを感じさせる動きである。

 観客たちもステージ上の花蓮たちに魅了されているのが伝わっていた。


 ラスト近くになり、花蓮のソロパートとなる。

 楽しそうに笑顔で、軽やかに舞っていた。


「まるでエルフみたいだな」


 霧の濃い湖の畔で踊るエルフたちの美しい舞いを思い出す。

 彼女たちは年に一度、その年一番寒い日の朝に歌いながら踊っていた。

 俺はその踊りをこっそりと眺めるのが好きだった。


 ステージ上の花蓮たちの踊りは次第にスピードを上げ、飛び散るようにそれぞれがステージ袖に捌けていき終了した。

 あっけにとられた観客たちは二秒遅れで盛大な拍手を送っていた。



 結果発表になり、競技わ終えたダンスチームがステージに集まっている。

 他のチーム同様、花蓮たちのチームメンバーも目を閉じ、手を合わせ、祈りながら発表の瞬間を待っていた。


 その緊張は客席にまで伝播し、ホール内は張り詰めた緊張で静まり返っている。


「一般部門、優勝はラ・フレームです!」


 司会者がそう告げると会場は先程までの静けさを打ち破り、歓喜の声が爆発した。

 ステージ上の花蓮たちは目に涙を浮かべ、抱き合いながら喜んでいた。


 見ると会場には花蓮たちラ・フレームのファンも居るらしく、声を上げたり、うちわのようなものを振りながら優勝を讃えていた。



 大会が終了し、帰ろうとすると、花蓮からメッセージが届く。


『入口のところで待っててね!

 帰っちゃだめだからね!』


 俺の行動をお見通しのメッセージを読み、思わず吹き出してしまった。

 やはり花蓮には敵わない。



 ─────────────────────



 花蓮ちゃんのダンスにすっかり魅了されてしまった魔王様。

 もはや闇の帝王の面影もなくなってきましたね!


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る