第29話 シュバイツァーと大我

事務所といっても簡素な長テーブルとパイプ椅子、それに古びた安物のソファーが置かれただけの簡素なものだった。

ノートパソコンが一台置かれているが、あんなものであれほど高度なゲームが作れるとは思えない。


「で、なんで俺と大我が入れ替わってしまっているんだ?」


「えっと……それは、その……何かの手違いと申しますか……」


金髪美女が歯切れ悪く、モソモソとしゃべる。


「お前、名前は?」


「わ、私はレレイレ。世界を司る女神です」


「そうか、レレイレ。まあ事情は知らないが、それはどうでもいい。俺を元の世界に戻してくれ」


「えーっと、それは」


「世界を司る女神なんだろ? そんなこと造作もないことだろう」


「女神といっても色々と事情がありまして……えーっと何から話せばいいでしょう」


レレイレは弱った表情を浮かべながら話し始めた。


話を要約するとこうだ。


この株式会社リーンカーネイションはいくつかの世界を監視し、取りまとめているらしい。


俺たちの住む世界も『ユーグレイア戦記』という形でまとめられ、監視をしているそうだ。

他の世界もゲームという形にし、まとめているそうだ。


通常それらの世界は交わることはない。

もちろん俺が今現在いる、この日本という世界とも交わらないそうだ。


「でも時に交わることもあるんです。それが『異世界転生』です」


「あの伝承にある異世界転生とは、お前が行っていたのか」


「そうです。主にこの日本において人材を選んで、異世界に送り出してるんです」


「どうやって?」


「一番ポピュラーなのはトラックですね。ターゲットをトラックで跳ね、死ぬ間際に異世界に転生させるんです。あとは工事現場での落下、鉄骨を落としてぶつけたり。仕事を過剰にさせ過労死させる、なんてものがありますね」


「ろくな方法がないな」


「普通に生きてる人は異世界転生なんてしたがらないから、こうするしかないんです」


「それで? 大我はどうやって異世界に転生させたんだ?」


「いや、それが……私は司波大我さんを異世界転生させてないんですよ」


「どういうことだ?」


「どうもバグみたいで。勝手に異世界転生しちゃったんですよ」


「バグ!? ずいぶんいい加減な話だな! というか、それならお前が責任もって元に戻そうと努力しろよ!」


「し、してました! 一生懸命シュバイツァーさんを探してました!」


「嘘つけ。さっきまで昼寝してただろ、お前」


レレイレはあからさまにギクッと肩を震わせた。


ずいぶんといい加減な女神もいたものだ。


「な、なんですか、その目は! そもそもあなたはあのままカレンさんにやられて死ぬところだったんですよ! 異世界転生したから死ななかっただけです。むしろ感謝して欲しいですね」


「分かったよ。まあ、もうどうでもいいから俺を元の世界に戻せ」


「それがそう簡単ではないんです」


「何でだ? 簡単に異世界転生出来るんだろ? トラックでも鉄骨でも持ってこい」


「いや、特定の誰かと入れ換える異世界転生は、それじゃダメなんです」


「は?」


「お互いが転生してもいいという同意が必要なんです」


レレイレは人差し指をピンッと立ててそう言った。


「なんだその面倒くさい設定は。レレイレは女神なんだろ? 強制的に転生させろ」


「そうはいきません。昔は強引にそんなこともしてたそうですけど、今は転生者の人権も保護されてますから」


「そんなこと言えた義理か! トラックで跳ねて転生させてるんだろ!」


「それは伝統的な方法なので今さら変えられません」


こいつらのコンプラはいったいどんな線引きなんだ。


「じゃあ大我と話し合わせてくれ。それで納得してもらう」


「シュバイツァーさんが説得してくださるんですね! ありがとうございます。じゃあ魂だけ呼び出しますね。えいっ!」


レレイレが魔法をかけると、目映い光が溢れ出す。

目を開けているのも難しいほどの光量だった。


そして──


「なんだ!? ここはどこだ!?」


目の前に半透明の大我、つまり本物の俺の姿が現れた。

ややこしい。

大我はいきなり呼び出されて驚いているらしく、辺りをキョロキョロしている。


「よう、大我」


「お、お前は……!? 俺?」


「そう。お前に転生したシュバイツァーだ」


「えええー!? 魔王が俺に転生して、俺が魔王に転生したのか!?」


大我は目を飛び出さんばかりに見開いて驚いている。

まあ、そりゃそうだろう。


「そうだ。入れ替わっている」


「マジか……」


「案ずるな。この者がすぐに元に戻してくれる」


「どうも。世界を司る女神です」


レレイレはひきつった作り笑いで会釈をする。

どうも威厳のない奴だ。


「俺とお前、二人が同意すれば戻してくれるそうだ。異論はないな?」


「は? やだよ。絶対にイヤ」


「…………え?」


「俺はこのまま異世界で生きる。俺の世界は今やユーグレイアなんだ」


「ちょ……おいおい。冗談はやめろ」


「冗談を言ってるのはそっちだろ。誰がそんな世界に戻るか」


「ふざけるな!」


「だからそれはこっちの台詞だって。俺は現代日本なんかに絶対に戻らないぞ」


……これは思ったより面倒なことになりそうだ。




─────────────────────



魔王様と大我。

ついに二人の主人公が出会いました。

しかし一件落着とはならなそうで……

どうなることやら。





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