第30話 シュバイツァーと大我2

「戻らないって……ここは元々お前の世界だろ」


「いや。俺はその世界を捨てて異世界に転生した。だからもう俺の世界ではない」


「捨てたって……そう簡単に捨てられないだろ」


「いや、捨てたんだ。俺は睡眠薬を大量に接種して自殺をした。そしたらこっちの世界に来たんだ」


「ああっ!?」


 大我の言葉にいきなりレレイレが反応した。


「どうしたんだ?」


「それですよ! 大我さんが異世界転生した理由!」


「どういうことだ?」


 さっぱり訳が分からない。


「お薬を大量摂取して、それから『ユーグレイア戦記』をプレイしませんでしたか?」


「ああ、そうだけど? それがなにか?」


 大我は面倒くさそうに答える。


「死にかけた状態でプレイして、そして死にかけたシュバイツァーさんの魂と呼応した。それで入れ替わりバグが発生したんですよ! あーなるほど! 理由が分かってよかったです」


 レレイレはニコニコしながら俺の肩を叩く。


「そんなことはどうだっていい! 今は入れ替りを元に戻すのが先決だ!」


 この女神、ポンコツ過ぎないか?


「そうですよね。でも大我さんが拒否されてますし……」


「そんなのどうでもいい。さっさとやれ!」


「無理ですよ。規則とか言う前に技術的に不可能なんですから。入れ替えは双方の意見が合わないと出来ないんです」


 まるで他人事のように言われ、宥められる。

 残念だがレレイレと話しても埒が明かなそうだ。


「大我、お前がこの世界に帰りたくないのは、イジメられていたからだろう? だが安心しろ。お前をイジメていた奴らは俺がボコボコにしてやった」


「えっ!?」


「二年生の夏油とかいう奴もボコボコにしてやったぞ。三年の重森とやらも近日中にシメてやる。だから安心して──」


「なんてことしてくれたんだよ! もう絶対そっちには帰らないからな!」


 喜ぶと思いきや、大我は顔を真っ青にさせて怒鳴り始める。


「復讐の心配はない。ちゃんと奴らの弱みを握ったからな」


「あー、もう最悪だよ。何してくれてんだよ」


 相当迷惑そうにされてしまった。


「お前だって俺の姿で人間なんぞと仲良くなりおって! 今すぐ人間どもを襲え!」


「断る。俺は人と共存していくことを決めたんだ」


「勝手なことするな!」


「そっちこそ勝手なことするな!」


 どうも埒が明かない。

 このままじゃ元の世界に戻れそうもないな。


「あ、そうだ! こちらの世界には花蓮がいるぞ。お前の幼馴染みの天ヶ嶋花蓮だ。戻ってこないともう二度と会えないぞ? それでもいいのか?」


「別にいいけど。こっちには聖女のカレンがいるし」


「はぁあ!? そりゃ見た目は似てるけど、全然違うだろ! そちらのカレンは堅物で色気もなく、つまらない女だ」


「あり得ない。聖女カレンの方が何倍も可愛いだろ。真面目だし、お淑やかだし、優しいし、清楚だ」


 大我は驚いた様子で返してくる。

 どうやら本気でそう思っているようだ。


「いやいやいやいや……そんなわけないだろ。天ヶ嶋花蓮は確かに少し勝ち気な性格だが、根は優しく、愛情深い女だぞ? それにあれくらい跳ねっ返りの方が女性として魅力的だろ。聖女よりよく笑うし、笑顔も可愛い」


「そんなに言うならシュバイツァーが花蓮と付き合えばいいだろ。俺はカレンの方が絶対可愛いと思うし」


 素晴らしい提案とばかりに、大我は微笑んだ。


「あの、盛り上がっているところすいませんが、そろそろお時間です」


 レレイレが申し訳なさそうにそう告げた。


「なに!? 時間制限があるのか!?」


「はい。魂だけを呼び出すというのも、なかなか難しいもので」


「い、いいか、大我! とりあえず今回は保留だ。次までにもとに戻ることを考えておけ!」


「だから考えは変わらないから」


「それと百歩譲って人間と仲良くするのはいいとしても、カレンとは親しくするな! あいつは俺を殺しかけた宿敵だ!」


「そんなこと俺には関係ない。俺はカレンと仲良くする」


「頼むからそれだけは勘弁してくれ! っていうか、大我。あいつと小指の契りを交わしたよな? あれはそちらの世界では婚約を意味するんだぞ!」


「シュバイツァーさん、もう大我さんはいないので聞こえてませんよ。ふふふ」


 レレイレは愉快そうにクスクス笑っている。


「笑いごとか! さっさともう一度呼び戻せ」


「無理です。一度呼び出したら、しばらくは呼び出せませんから」


 相変わらず交渉の余地がないくらい、ピシャリと断られる。


「そんなに落ち込まないでください。まだまだチャンスはありますよ。そのうち大我さんがユーグレイアの世界に飽きるかもしれませんし」


「貴様はなぜそんなに悠長に構えているんだ。そもそもそちら側のバグとやらのせいでこんなことになっているのだろ!」


「ええ。もちろん補償します。こちらの世界で使える貨幣はいくらでも差し上げますので。一億でも百億でも仰ってください」


「そんなものいるか! 俺は元の世界に戻りたいだけなんだ!」


「ですからそれにはまず大我さんの同意をですね」


「もういい! それは聞き飽きた!」


 役所のような事務的な対応が腹立たしい。


「あ、それならば入れ替わりじゃなく、俺をあちらの世界に転生してくれたらいいんじゃないか? それなら簡単なんだろ?」


「それはまあ、そうですけど……いいんですか?」


「どういう意味だ?」


「司波大我さんの身体を捨てて異世界転生するということは、もう二度とシュバイツァーさんが元の身体に戻れなくなるということですよ?」


「あっ……」


 確かにこの身体を捨ててしまえば、入れ替わりという事実もなくなってしまう。


「やはりここは気長に大我さんの心変わりを待ちましょう」


「くっ……」


 悔しいがレレイレの言う通りだ。

 元の世界に戻っても、魔王シュバイツァーの身体に戻れなければ意味がない。



 ─────────────────────



 交渉決裂で落胆する魔王様。

 果たして戻れる日は来るのでしょうか?


 というか花蓮ちゃんをずいぶんと評価しているようで。

 交換しちゃえばいいのに。

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