第33話 イザベラと麻音子

「そう言えば司波さぁ。夏油さんたち、あれからなんか言ってきたか?」


「あー、あいつらか」


 文化祭前夜のことを教えると、三人とも顔を青ざめさせた。


「まじかよ!? 二年の先輩をボコるとかやべぇだろ」


「心配するな、葛原。二度と歯向かえないよう、しっかりと身体で教えてやったからな」


「うわっ最悪……なんか司波といると俺たちまでとばっちり食らってひどい目に遭わされそうだな」

 

「おいおい。寂しいこと言うなよ、粕谷。俺たちは仲間だろ? まさか裏切らないよな?」


 グリッとヘッドロックをすると引き攣った顔で頷く。


 狭い路地を通っていると、前方から派手な格好の女子たちが歩いてくる。

 いわゆる鬼ギャルと呼ばれる類いの女子だ。

 うちの高校とは違う制服なので、この近辺の高校の生徒なのかもしれない。


 三人組鬼ギャルの真ん中にいる女子を見て、心臓が止まりかけた。


「イ、イザベラ!?」


 長い爪、目の周りの縁取り、錆びたような髪色、そこに幾筋が混ざるピンクの毛束、そして毒々しい微笑み。

 魔女王イザベラに瓜二つだ。


「ん?」


 俺が声を上げてしまったので、ギャルたちがこちらを見る。

 俺を見た瞬間、イザベラ似の女子は驚いたように目を見開く。


「何してんの?」


 イザベラ似の彼女が笑みを湛えながら近づいてきた。


「別に何もしてないよ。暇してた。君らは?」


 無視をすればいいものを、粕谷が笑いながら対応してしまう。


「お前には訊いてない。あーしはこの人に訊いてるの」


 偽イザベラは俺を指差しながら近付いてくる。

 というか『あーし』という一人称まで同じだ。


「我々は先を急いでいる」


「どこ行くの?」


「チキンリパブリック。知ってる?」


「だからお前には訊いてないから」


 粕谷は無視されても突撃している。

 なかなか根性がある奴だ。


「いーね、チキリパ。あーしも行きたい!」


「マジで?やめときなって麻音子」


 ギャル仲間に止められている。

 どうやら偽イザベラは麻音子という名前らしい。


「いいじゃん。行こうよ」


「誰もお前らに同行していいなどと許可をしてないんだが?」


「冷たいこと言うなよ、司波。麻音子ちゃんたちも来ていいよ」


「うざ。お前は来なくていい」


 麻音子はせっかくフォローしてくれた粕谷を邪険にする。

 そんな性格もイザベラによく似ていた。


 文句を言っていたギャル仲間もついてきた。

 はじめは面倒くさそうにしていたが、お調子者の粕谷が盛り上げたのでノリが良くなってきた。

 二人は美濃が引き締まった長身のイケメンだとはしゃいでいる。


 そして麻音子は俺の隣にベッタリだ。


「ねーねー、司波って何年?」  


「高校一年だ」


「マジで?あーしと一緒じゃん」


「いちいち身体を触るな」


「うわっ、カチカチじゃん! なんかスポーツしてるの?」


「ただ鍛えているだけだ」


 麻音子はニタニタしながら俺の身体をベタベタ触ってくる。


 こういう馴れ馴れしいところも、やけに懐いてくるところも魔女王イザベラによく似ている。

 ちなみにこれは上機嫌モードで、不機嫌モードのイザベラは攻撃的で手がつけられない。

 麻音子が憎しみで満ち溢れた顔で怒鳴る姿も容易に想像できる。


「ねぇねぇ司波って彼女いるの?」


「いない」


「えー、マジで!? 絶対いそうなのに」


「くだらん。そういうことには興味がない」


「へぇ。なんかカッコいい!あーしと付き合わない?」


「お前は会話能力がゼロなのか?」


 本当に疲れる奴だ。


「あーし、結構尽くすタイプだよ?」


「馬鹿馬鹿しい。そういうことは自己申告することではない」


「あは。そっか。ねぇねぇ、あーし尽くすタイプだよね?」


 仲間のギャルに同意を求め、みんなから笑われていた。

 これだけ強く拒絶しているのに怒り出さない.。

 イザベラならこのあたりでブチギレるはずなのだが。


 尽くすタイプというよりドMなのかもしれない。



 案内されたチキンリパブリックは、なかなか美味かった。

 カリッとした表面だが、肉はプリッと柔らかい。

 まず口の鶏の旨味が溢れ、次に醤油やごま油、ニンニクの味が絡み合う。

 そして最後にほのかな香辛料の香りが鼻を抜ける。


「美味いな」


「でしょ?あーしも好きなんだ」


 麻音子はメイクや性格に似合わず、小さく口を開けて食べるし、食事中は口許を隠しながら喋る。

 それに他のギャルみたいに衣をボロボロ落とすこともない。

 意外と育ちはいいのかもしれない。  


 それにしてもこの世界はやけに食事が美味い。

 なぜここまで偏執的なまでに味にこだわり料理を作るのだろうか?


 食後、カラオケに行こうと麻音子に誘われたが、二つ返事で断る。


 クズガスコンビは行きたがっていたが、強く否定すると静かになった。


「じゃあ連絡先交換しよ!」


 麻音子は長い爪で器用にスマホを操作する。


「そんな事するか。くだらん」


「あ、ちょっと待ってよー!」


 これ以上関わるとろくなことがない気がして、さっさとその場を立ち去った。

 美濃たちはまだギャルたちと喋っていたので置いていく。


 麻音子なんか構っている暇はない。

 俺はさっさと元の世界に戻らねばならないのだから。



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 ややこしそうな麻音子さんの登場でした!

 なんだかんだ魔王様もこの世界を楽しんでいるようですね!


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