第37話 大我の信念

 〜~シュバイツァーSide〜~



 レレイレが呼び出すと、大我はひざまずいてうなだれた姿勢で現れた。


「よう、大我」


 声を掛けると大我は面倒くさそうにこちらを一瞥し、再び俯いた。

 これは想像以上に打ちのめされた様子だ。

 今なら元に戻れるかもしれないっ!


「聞いたぞ。イザベラの奴が派手に暴れているらしいな。あいつはめちゃくちゃだからな。お前の苦労も分かる」


「俺は……俺はっ……守れなかった……助けを求める人々も、信用してくれた人たちも……」


「気にするな。仕方ないことだ。お前はまともに喧嘩すらしたことがなかったんだろ? いきなり命を賭けた戦いをしろという方が無理な話だ」


 大我は顔を上げ、なにか言おうとし、唇を噛んで黙ってしまった。


 いい顔になっている。

 少なくとも前回会ったときとは比べ物にならないくらい、男の目になっていた。


「お前はよく頑張った。あとは俺に任せて、元に戻れ」


「……嫌だ。俺はユーグレイアに残る」


「無理だ。死ぬぞ」


 静かに告げると、見てきた恐怖を思い出したのか、口を閉ざしてしまった。


「安心しろ。元に戻ったら、俺は人間との共存とやらを続けてやる」


 俺が考えていた妥協案を告げると、大我はピクッと眉を動かした。


「嘘だ」


「嘘じゃない。俺もこちらの世界に来て、少し考えが変わった。魔族の奴らが手のひらを返したように裏切ったのを見て、怒りを覚えた。それにこちらで暮らしてみて、人間というのも悪くない生き物だと分かった」


 これは本心だった。

 人間は利己的で狡猾ではあるが、情に厚いし親切でもある。

 住む場所を巡って争って来たが、考えればそれも仕方のないことだ。


「俺ならイザベラにも勝てる。抵抗する魔族を粛清し、人と魔族が共に暮らせる世界を作ってやる」


「……いや、駄目だ。シュバイツァーはやっぱり分っていない」


 大我は強い意志を持った瞳で俺を見て、首を振る。


「生意気を言うな。何が分かってないと言うんだ」


「俺は魔族と人間の共存を実現すると言ったんだ。抵抗する魔族を粛清するなんて、あってはならない。それは共存共栄の世界ではない」


 大我に指摘され、不覚にもハッとさせられた。

 こいつの言う通り、それは強制的に纏めるような行為である。

 まさか人間の大我に魔族側の配慮をされるとは思っていなかった。


 こいつなら、魔族を任せられるかもしれない。

 一瞬だけそう思わされてしまった。


「大我の志は立派だ。しかしそれがお前に出来るか? 俺なら出来る」


「シュバイツァーに出来るなら、俺にも出来るっ! 身体は同じなんだ! だったら俺にだって出来るはずだ!」


 大我は立ち上がって俺を見下ろす。

 その姿には、先ほどまでの弱々しさはなかった。


「無理だ。俺は千年もの間、その身体と力を駆使してきた。やすやすと使いこなせるものではない」


「それはっ……死ぬ気で頑張るから」


「気持ちだけでどうかなるものではない。お前のせいでまた多くの人間が死ぬぞ? お前を信じた者たちが」


 少し可哀相ではあるが、強く脅す。

 今のままだと大我は本当に無駄死にをするのは、目に見えていた。


 レレイレは少し悲しげな顔をして、俺達のやり取りを静観していた。


「じゃあ教えてくれ! どうしたら俺はこの力を使いこなせるようになるんだ! 頼む、教えてくれ! この通りだ!」


 大我は土下座をして、教えを乞う。


「なぜそこまでユーグレイアにこだわる? そこは元々お前の世界ではない。こちらの令和日本がお前の世界だろ」


「違う。ここが俺の世界だ! 俺がそう決めたから。生まれてはじめてここで頑張っていきたい、そう思えた世界だから! だからここが俺の世界なんだ! 力の使い方を教えてくれ!」


 大我は額を地面につけ、動かない。

 なんで元に戻そうと提案しに来た俺が、逆にこいつのお願いを聞かされる立場になってるんだ?


「馬鹿が。そんなこと教えるわけないだろ。魔王の力を十二分に発揮する方法を知る者なんて、俺と先代魔王のヴァッゾーラくらいだ」


「ヴァッゾーラっ……そうか!」


 大我がガバっと顔を上げる。

 その瞬間にタイムアップが来たようで、大我がファーっと溶けるように消えていった。


「なかなかいいとこあるじゃないですか」


 レレイレがニヤニヤしながら近付いてくる。


「な、なんの話だ」


「教えないとか言って、自らの師匠の名前を出して導いてあげるなんて」


「だ、誰がそんなことをっ……口が滑っただけだ!」


「ほぉーん。そうですか」


「ニヤニヤするな! それにそもそもあの気難しいヴァッゾーラが教えると思うか? しかも俺は先代を追い出したのだ。今さらのこのこ行っても追い返されるだけだ」


「シュバイツァーさんもこちらの世界に未練が出てきました? 花蓮ちゃん、可愛いですもんねー」


「そんなもん、出るか! 痴れ者!」


「あー、なんかムンムンしてきた! おばちゃん、羨ましいなぁ」


 レレイレは金髪をゆらゆらさせながら身悶えている。


「おばちゃんなんていう歳ではなかろう」


「おばちゃんよぉ。だって私、三千年は生きてるのよ」


「さ、三千年っ!? それはおばちゃんじゃなく──」


「ストップ。それ以上は禁止ですよ?」


 スチャッと喉元にナイフを突きつけられる。

 この俺ですら身構えられないほどの速さだった。


 こいつ、間違いなくこれまでに出会った誰よりも強いッッ……

 恐らく俺なんか赤子の手をひねるように殺せる。


「お、おばちゃんじゃなく、お姉さん、だな……ははは……」


「ヤダー、もう! シュバイツァーさんたら口が上手いんですね!」


 レレイレは頬を赤く染めながら照れている。

 こいつだけは怒らせてはいけない。

 肝に銘じていた。



 ─────────────────────



 実はラスボス以上のつわものだったレレイレおばあ──お姉さん。


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