第38話 トロール重森
「なぁ、司波! 行こうぜ!」
葛原が俺の目を見て懇願し、粕谷が肩を組んでくる。
「しつこいぞ。お前らだけで行けばいいだろ」
「だから司波が来ないと麻音子ちゃんたちが来てくれないんだって」
「知るか、そんなこと」
鬼ギャル麻音子たちと仲良くなりたいクズカスコンビはあの日以来、必死で俺を遊びに誘ってくる。
「どうせこれから暇なんだろ」
「暇なわけあるか。俺と美濃はトレーニングで忙しいんだ」
「そんなの明日でいいだろ」
「いいわけあるか。そうだ、お前たちも鍛えてやるから来い」
「お、俺たちはいいって」
「鍛えておけばいざというとき役に立つぞ」
嫌がるクズカスを引っ張ってジムへと向かう。
命を賭して人間を守ろうとする大我に刺激され、俺も再び鍛錬に目覚めていた。
駅へと向かって歩いていると、人相の悪い奴らが俺たちの進路を塞ぐように立ちはだかった。
真ん中に立っている男は、身長が百九十センチくらいあり、体重もゆうに百キロは超えてそうな巨漢デブである。
「よう、司波。だいぶ調子に乗ってるそうだな?」
「誰だ、お前?」
「し、重森先輩っ……」
葛原と粕谷はピシッと姿勢を正し、頭を下げた。
「あー、お前が重森とかいう奴か」
「なんだ、俺の顔忘れてたのか? それとも喧嘩を売ってんのか、コラ?」
この学校のゴロツキを仕切ってる奴と聞いていたから少しは人格者なのかと思っていたが、拳でのし上がってきたタイプのようだ。
力任せで暴れる醜悪なトロールに似ている。
「自分から勝手にやって来て喧嘩を売ってるのかとはずいぶんだな」
「イキってんじゃねぇぞ? またボコボコにされて這いつくばりながら『許してください』て泣き入れることになっぞ?」
重森が睨みつけてくるので俺も睨み返す。
力任せの馬鹿だが、弱くはないようだ。
体格差もかなりあるし、楽に勝てる相手ではないだろう。
しかし少しでも怯んだところを見せるわけにはいかない。
「すいません、重森先輩っ。こいつにはちゃんと言って聞かせますんで」
「ほら、謝れよ」
クズカスが勝手に謝り、俺にも頭を下げるようにしてくる。
逃げたり裏切るかと思っていたので意外だった。
こいつらなりに俺を心配してくれているのだろう。
だがこんなところで日和る訳にはいかない。
「なにも罪を犯していないのに、なぜ謝る必要がある?」
「俺に生意気な口を利くのは罪なんだよ」
ニヤッと笑ってからパンチを放ってきた。
でかい割には速い攻撃だ。
スッとバックステップをして避ける。
空振りをしても体勢を崩すことなく、頭突きをかましてきた。
予想外の動きだったので避けきれず、ゴツッと衝撃が頭蓋骨に響く。
「ナメんなっ、豚野郎!」
腹にアッパーを打ち込んだ。
でっぷりとした脂肪の下に固い筋肉を感じる。
「なに殴ってきてんだ、オラッ!」
重森は俺の胸ぐらを掴み、全体重をのしかけてきた。
その勢いに、不覚にも倒されてしまう。
いわゆるマウントポジションを取られた格好だ。
まずいな。
このままでは一方的に殴られる。
右手で胸ぐらを掴んでくる手首を掴み、左手で重森の肘を逆側へと極める。
「ぐああっ!」
重森は悲鳴を上げながら、力任せに俺を振り払った。
「てめぇ……ぜってぇ殺す」
「威勢だけはいいんだな。やってみろよ」
「調子に乗ってんな、クソ陰キャ!」
「ボコってやんぞ!」
後ろに控えていた手下どもが興奮しながら襲ってきた。
サシで勝てないと見たら加勢するとか、どこまでもくだらない奴らだ。
「お巡りさん、コッチ、コッチ! 喧嘩してるからー!」
「警察!? やべっ!」
「逃げろ!」
重森たちは血相を変えて散っていく。
殺すとか威勢のいいことを言っておいて、逮捕を恐れるとは情けない奴らだ。
「なぁんてウソ。引っかかってやんの!」
「麻音子っ……」
「麻音子ちゃん!」
警察を呼んだ芝居を打ったのは、鬼ギャルの麻音子だった。
「びっくりした?」
「なんでお前がここにいる? よその学校だろ」
「だってメッセージ未読スルーだし、電話も取んないし。んで来てみたら喧嘩してるから」
麻音子はケラケラ笑っている。
「あーしのおかげで助かったでしょ? 感謝していいよ。お礼はあーしとデートな」
「余計なことをしてくれたな。ここで奴と決着をつけるつもりだったのに」
「そんな冷たいこと言っちゃ駄目だよ、司波くん。麻音子ちゃんのおかげで助かったんだし」
美濃が俺をたしなめてくる。
「俺があんな奴はに負けると思うか?」
「そりゃ司波くんは勝つかもしれないけど、僕たちはボコボコにされてちゃうよ」
「そうだぞ、司波! 俺らのことも考えろよ! てか麻音子ちゃん、マジでありがとう!」
粕谷は両手を広げて麻音子に感謝していた。
「ウザ。別にあんたなんか助けてないし」
相変わらず俺以外には冷たい女である。
「言われてみれば美濃たちは危なかったんだな。そういう意味では助かった。ありがとう」
「でしょー? じゃあデートね」
「調子に乗るな。そこまでではない」
「じゃあ二人きりじゃなくて他の子も呼ぶからみんなで遊ぼ。それならいーでしょ?」
勝手にそう決めると麻音子は友だちに電話をかけ始める。
クズカスコンビは大喜びだ。
「冗談じゃ無い」
無駄なことに時間を使うのは嫌だし、なによりそんなところを花蓮に見れたら、また怒られてしまう。
俺はさっと物陰に隠れ、不可視の呪文を唱えて透明化になる。
「あれ、司波くんは?」
「おーい、司波!」
姿を消したまま、俺はその場を立ち去った。
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ついに現れたラスボス重森。
流石にこれまでのザコとは訳が違いそうです。
負けるな、魔王様!
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