第36話 業火の嵐

 魔王の力はまさにチート級だ。

 魔法を使えば敵を薙ぎ払い、パンチやキックを放てばどんな奴でもダウンした。


 とはいえ戦うことに慣れていないので、すぐに息が上がってしまう。

 倒しても倒しても、きりがない。 


 近くにいた一体のガーゴイルを捕まえ、素早くその場を立ち去った。


「離せっ! 離せよ!」


「無駄な争いはやめろ。お前に勝ち目はない。大人しく俺の仲間になるんだ。人間との共生を目指せ」


「誰が人間なんかと仲良くするか!」


「憎しみなんて何も生まない。既に人間は徐々に魔族を受け入れ始めている」


「そんなわけない! 騙されるか!」


 ガーゴイルは威勢よく吠える。


「嘘じゃない。実際ユーグレイアの国王は俺を信用してここに送り出してくれた」


「国王が……あなたを信用して……?」


「そうだ。もう無駄な戦いはやめよう。仲良くしろとは言わない。無駄な争いをやめるんだ」


 ガーゴイルは明らかに心が揺れていた。

 俺の言うことを信じるべきか、疑うべきか迷っている。


「さあ、ガーゴイル」


 手を差し伸べた、その瞬間──


「グギャアアアアアオオオッッ!!」


 急に目が赤く光り、顔から知性が消えた。

 よだれを垂れ流し、牙を剥いて襲いかかってくる。


「おい、やめろっ!」


「ウガガガガガッ!」


 反射的に顔面を殴りつけて、ふっ飛ばしてしまった。


 今の突然の変貌は魔王女イザベラの仕業に違いない。

 命令に背いて寝返りそうになったら、自動的にイビル化するように術祖をかけられているのだろう。


「なんて卑劣な真似をっ……」


 空中から見ると、火の手は更に広がっていた。 


 無理だ……

 いくら強くてもこんな数、相手にできない。

 せっかく俺を信じてくれた人も、裏切ってしまう。

 俺はなんて無力で情けないんだ……


 呆然と燃える街を見下ろしていると、死闘を繰り広げているカレンを見つけた。

 どうやら大聖堂にモンスターを近づけまいとしているようだった。


 大聖堂には司教がいる。

 司教は結界を作り、モンスターを跳ね返していた。


 危険になったら逃げろと伝えていたのに、カレンは命を賭けて戦っていた。


 カレンは死をも覚悟して戦っているのに、俺はなにしてるんだ!


 無理だと嘆いて、自己憐憫に酔いしれ、逃げる言い訳ばかりを考えて……

 これじゃ転生前の俺と変わらない。

 この世界で俺は生まれ変わると心に誓ったはずだ!


「カレンッ!!」


 意を決し、急降下してカレンの援護に入る。


「タイガさまっ……」


「ここから巻き返すぞ!」


「はいっ!」


 やれるか、やれないかではない。

 やらなくてはいけないんだ。


「ムカつく」


 民家の屋根に止まっていたカラスがそう言いながら飛んできた。


「なにがここから巻き返す、よ。まじムカつく」


 カラスはスルスルと羽を落とし、魔王女イザベラへと変身した。


「あ、あなたはイザベラ!」


 カレンは目を見開いて硬直する。


「落ち着け。あれは本体ではない。靈魂体だ」


 カラスに霊力を籠めて、変身させた姿である。

 本物よりかなり力は劣るものだ。

 とはいえイザベラの靈魂体となればかなり強い。


「なんでカレンとイチャついてるの? なんなの、馬鹿なの?」


「イチャついてなんていない。人と魔族の共存をカレンと模索しているんだ」


「うっさい! あーしというフィアンセがいるのに、他の女とイチャついて!」


「フィ、フィアンセ、なんですか、お二人は?」


「違う。こいつが勝手に言ってるだけだ」


「はあ? 魔女最高位と魔族の王は結婚することに決まってるの。だからうちらはフィアンセ」


 なぜ魔女の長がこんなにギャルなのだろう。

 普通魔女ってもっと陰キャ寄りだと思うんだけど……


「ま、殺すからいいけど」


 そういうなり、イザベラは手のひらから黒炎を放つ。


「危ないっ!」


 慌ててカレンを抱き締め、黒炎から守った。

 イザベラの黒炎は凄まじい威力で、俺の身体は焼けるように熱かった。


「タイガさまっ!」


「これくらいなんでもない」


「タイガ? 馬っ鹿じゃないの? こいつはシュバイツァー。変な名前で呼ぶなし。てかなんでこの程度の攻撃が効いてんの? ザコくね? 弱くなったの、シュバイツァー?」


「やめろ、イザベラ。兵を引け! こんなことしてなんになる! 魔族も無傷ではいられないんだぞ!」


「は? 意味わかんない。兵が死ぬのは当たり前でしょ? そのための兵なんだから」


 イザベラは心底不思議そうに首を傾げた。


「もうやめるんだ、そんなこと。平和に生きよう」


「うっさいうっさいうっさい! お前も死ね!」


 イザベラは空からひょうのように火の玉を無数に落とす。


「バカッ! やめろ!」


「やめるか、馬鹿! こんな街、めちゃくちゃにしてやる!」


 民家も、城も、大聖堂も、みんな燃えていく。

 逃げ遅れた人たちが次々と燃やされていった。

 それはまさに地獄絵図だった。


「やめろぉおおお!」


「早く消火しないと!」


 俺たちは宙に浮いて、必死で水の魔法を撒き散らした。

 が、あまりにも範囲が広すぎるし、火の勢いも強すぎた。

 あたりは次々と燃えていく。


「あははははははははっ! いい感じ! 全部燃えちゃえ!」


 笑いながらイザベラの靈魂体も燃えていった。



 業火は一晩中続き、北部の港街、エノヴァは消し炭と化した。

 黒一色となった煤の瓦礫、逃げ遅れた人々の、焼け焦げた臭い、生存者のすすり泣く声。

 それらを場違いなくらいに明るい朝日が照らしていた。


 この世に地獄があるとするなら、それはこのようなところを指すのだろう。


「ごめんなさい……私はなにも守れなかった……ごめんなさい……」


 カレンがその地獄の真ん中でうなだれて泣いていた。

 そんな彼女に気休めの慰めなんて、かけられるはずもない。


「くそっ……」


 俺こそ、なにもできなかった。

 助けを求める人々を救えなかった。

 期待してくれた人たちを裏切ってしまった。


 出来立ての廃墟にひざまずき、力いっぱい地面を殴りつけた。



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 完敗を喫した大我。

 果たしてこれからどう巻き返すのでしょうか?


 それとも元の世界へ戻るのでしょうか?







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