第35話 裏切者の嫌疑
〜~大我サイド〜~
「大変です! イー川の砦も破壊されました!」
王国軍事会議室に飛び込んできた伝令が、息も絶え絶えにそう報告してきた。
「百年要塞と言われたイー川まで!?」
カレンは唖然とした様子で立ち尽くす。
「どうしましょう、タイガさま!イー川の先にはシェルナがあります! あそこは王国の要所の一つです!」
「狼狽えるな、カレン。シェルナにはミノタウロスの軍を派遣している。そう簡単に堕ちたりはしない」
「ほう?シェルナに貴様の部下を? なんだか随分と用意がいいんだな?」
勇者カインがいやらしい笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「シェルナは重要都市でありながら前線に近い。しかも最近の魔族軍の動きを見ていれば、狙われていそうなことも容易に想像できたからな」
「容易に想像、ねぇ」
訝しげに首を傾げたのは、勇者寄りの大臣だ。
「なにが言いたい?」
「お前が魔族を手引してるんじゃないのか?」
「は?」
「どこの警備が手薄だとか、ここの砦はここが弱点だとか、そういう情報を流してるんじゃないかって意味だ」
「ふざけ──」
「タイガさまはそんなことしてません!」
俺の反論を遮ってカレンが立ち上がる。
「タイガさまは我々人間の生活が向上するように治水工事や道路工事までしてくれてます!」
「その工事とやらで人員を取られた地域を、狙いすましたかのように魔族が攻めてきているという事実はどう説明するんだ?」
「それはっ……」
「工事をしているのは魔族からも見てわかります。だから狙ってきたのかもしれません」
カレンが言い淀むと、勇者の奴がフォローした。
俺を疑うような発言をしておきながら、カレンのピンチは助ける。
相変わらずいけ好かない奴だ。
「こんなところでうだうだ話していても埒が明かない。俺はすぐ防衛戦に加勢してくる」
じっとしていられなくて立ち上がる。
「待て、タイガ。貴様を行かせる訳にはいかない」
「なぜだ!」
「貴様の差し金かもしれないからだ」
「タイガは牢獄に入れるべきでは?」
元から俺を煙たがっていた幹部たちが一斉に罵声を浴びせていた。
「構わん。行け、タイガ」
その声を跳ねのけたのは国王だった。
「しかし国王さまっ」
「タイガは我々のために尽くしてくれている。それは彼の日頃の働きや、その目を見れば分かる」
「なにかあってからでは遅いのですよ?」
先ほどの勇者寄りの大臣が国王を見る。
「責任はわしが取る。タイガ、頼むぞ。この国を救ってくれ」
「任せろ」
俺は会議室を飛び出し、ベランダから空に飛び立った。
「私も行きます」
「カレンっ……お前は残って王都のもしもに備えろ」
「いえ。私たちは小指の契を交わした仲。どこまでもお供します」
たかが指切りげんまんにそこまでの効力はないが、今はカレンを思い留まらせる暇はない。
「好きにしろ」
シェルナはミノタウロスに任せるとして、俺は北部の港街エノヴァへと向かった。
こちらも防衛要塞がやられ、陥落間近という報告がある。
それにしても突然の魔族の同時多発的大規模モンスターストライクは、どういったことなのか?
それも手薄な場所を狙っている。
大臣たちが手引きの存在を疑うのも無理はないことだ。
早馬を飛ばしても二日はかかる距離だが、俺たちの飛行速度なら二時間程度だった。
眼下に広がるエノヴァの街は、あちらこちらで火の手が上がっている。
「ああ、もうこんなに火の手が……」
「諦めるな、カレン! ここから巻き返すぞ!」
「はい!」
正直、怖い。
奥歯がガタガタいうほど震えてるし、可能なら逃げたい。
ゲームなら死にながら上達できるけど、これは現実だ。
死んだら、それでおしまいだ。
いや、死ななくてもものすごく痛いだろう。
腕や脚をなくすかもしれない。
けれど逃げる訳にはいかなかった。
カレンも国王も俺を信じてくれた。
ここで逃げたら、二人を失望させるだけでは済まない。
俺を推したことで立場も危うくなる。
生まれてはじめて俺を信じてくれた人たちのため、俺は逃げない。
大丈夫。
俺は無敵の魔王だ!
中身は陰キャでオタクで厨二病の司波大我でも、身体は最強の魔王なんだ!
「行くぞ、カレン」
「はいっ、タイガさまっ!」
一気に地上へと降下し、目についたモンスターを風刃で薙ぎ払う。
「グアアアアァァー!」
「シュバイツァーがいたぞ! 捕らえろ!」
「面倒くせぇ! 殺しちまえ!」
俺を見つけたモンスターたちが色めきだって襲いかかってくる。
「やめろ! モンスターと人間が争うときは過ぎた!」
覇気を放つと、ポップコーンのようにモンスターたちが弾け飛んだ。
モンスターが怯み、僅か隙が出来る。
「
水の魔法を辺りに撒き散らして火災を沈下させる。
「俺に牙を向くならそれなりに覚悟しろ! 人類と魔族が共存する新しい世界が見たい奴は俺について来い!」
怒声を飛ばすと、モンスターたちが顔を見合わせる。
そして次の瞬間、一斉に襲いかかってきた。
「へ?」
普通、こういうのって俺に従って争うのをやめるもんじゃないのか!?
シュバイツァー、人気がなさすぎだろっ!
もっと日頃から部下に優しくしておかないからこうなるんだよ、まったく!
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悠々自適だった異世界生活も次第に慌ただしくなってきた大我くん。
果たしてこのピンチを乗り切れるのか?
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