第14話 動物園デート

 結局昨夜は遅くまでゲームをしてしまった。

 その甲斐あってだんだんコツも分かってきて、ストーリーも進んできた。


 どうやら物語は、俺が天空の聖女に追い詰められたあの戦いへと向かうようだ。

 人間サイドではこのような状況だったのかということが分かり、なかなか興味深い。


 しかし肝心の異世界転生のことや、元の世界に戻る方法の手がかりはなにも掴めなかった。


 目覚めてから再びゲームをしたかったが、花蓮との約束があるのでそうもいかない。


 後ろ髪を引かれる思いで待ち合わせの場所へと向かった。


「おはよー、司波くん!」


「ああ。おはよう」


 花蓮は普段の制服姿やダンスのときの練習着と違い、白を基調としたワンピースを着ていた。

 それがなんだか天空の聖女と似ており、ドキッとさせられる。


「んー?」


 俺と会うなり、花蓮は怪訝そうな表情で俺の瞳を覗き込んでくる。


「な、なんだ?」


「なんか疲れてそう。もしかして寝不足?」


「ば、馬鹿なことを言うな。そんなわけなかろう」


 寝る間を惜しんでゲームをしていたなんて知れたら、きっとまたやかましく言われるに違いない。


「もしかして花蓮ちゃんとデート出来るって思ったら、ドキドキして眠れなかったのかな?」


「ふざけたことを言うな」


「なぁんだ違うのか。私は寝不足なのに」


「ん? なんだ?」


「な、なんでもない! さあ行くよ!」


 普段はやかましいくらい大きな声の癖に、時おりゴニョゴニョ話す奴だ。


 行き先も告げられず、電車で向かった先は──


「じゃーん! 今日の目的地はここでーす!」


「動物園か」


「あ、子どもっぽいとか思った?」


「いや。面白そうだな」


 この世界の動物はどんなものがいるのか興味がある。


「ほんと? よかった」


 花蓮はぱぁーっと表情を華やかせる。

 また蠱惑催淫テンプテーションの術を使ってきそうなので、慌てて目を逸らした。


 この世界にもなかなか巨大な生き物や、強そうな獣がいるようだ。


 といっても俺が住んでいた世界とは比べ物にならないがな。


 なんだか優越感に浸り、にやけてしまう。

 そんな俺の顔を花蓮が覗き込んでくる。


「なんだ? 人の顔を見てニヤニヤして」


「司波くんが嬉しそうに笑ってるなんて珍しいなって思って」


「まあ俺でも笑うことくらいある」


 そう言いつつ、笑ったのはいつ以来だろうと記憶を遡ってしまう。


「どの動物がよかった? 私はレッサーパンダかなー」


「レッサーパンダ? あのもふもふしてて、とてとて歩く弱そうな生き物か?」


「言い方。私のお気に入りなんだから馬鹿にしないでよ」


「俺はライオンかな」


「相変わらずライオン好きだねー。子どもの頃から言ってたもんね」


「そうなのか?」


「忘れたの? もー。どうせ私とこの動物園に来たことも忘れてるんでしょ?」


「俺とここに来たことがあるのか?」


「やっぱり忘れてる! お互いの親に連れられて来たでしょ。はじめて司波くんとお出掛けした思い出の場所なのに」


 花蓮は本気でショックを受けた顔をしてうつ向く。

 記憶がないのは中身が入れ替わっているからだと慰めてやりたかった。

 実際、今日は俺が異世界転生者で、司波大我ではないことを伝えるつもりだった。

 しかし花蓮のこんな顔を見ると言えなかった。


「悪かった。うっかり忘れてしまった」


「もういい。あーあ……動物園なんか来るんじゃなかった」


 花蓮はそっぽを向き、俺に顔を見せてもくれない。


「ま、またこれから思い出を作っていけばよかろう? 機嫌を直せ」


 ぐいっと肩を抱き寄せる。


「ひゃっ!? ちょ、ちょっと……」


「今日、こうして二人で動物園に来た。これからはこれを思い出していこう」


「う、うん……そうだね」


 花蓮はおどおどしながら、ゆっくりと俺の腕をほどき、距離を取っていく。


 へ?

 避けられている?


 急に自らの行為が恥ずかしくなり、体温が上がっていく。


「さ、さあ次はキリンのエリアだよ!」


「ほう? この世界にもキリンがいるのか?」


「またそのノリ? 本当に中二病なんだから」


 花蓮はがっかりしながらため息をつく。


 チューニ病とは他人を落胆させる病なのか!?


 不治の病で、激痛が走り、他人を落胆させる。

 なんと恐ろしく、そして謎の多い病なのだ。



 久々にキリンが見られると思って期待していたが、いたのはやけに首の長い生物だった。


「これがキリン?」


「どこからどう見てもキリンじゃない」


「いや、その……」


 俺の知っているキリンとは似ても似つかない。

 キリンといえば、角の生えた雷を司る馬に似た聖獣だ。

 しかしそれを言えばまた花蓮から呆れられそうなのでやめておいた。


 昼食を挟み、園内を回りきった頃には日も傾き始めていた。


「なかなか有意義な時間だったな」


「私も久し振りだったけど、動物園って意外と楽しいね」


「次は水族館にも行こう。是非海の生き物も見ておきたい」


「うん。分かった。約束ね!」


 満足したところで駅へと向かう。

 しかしなにやら花蓮の態度がソワソワし始める。


「どうした?」


「せっかくだから夕飯も一緒に食べない?」


「夕食か……」


 そういえば出掛けに母上が「夕食は花蓮ちゃんと食べるんでしょ」と言って小遣いを持たせてくれた。


「そうだな。そうするか」


「やった。実は一度行ってみたいところがあったんだよね」


「一度行ってみたい? なぜ今まで行かなかったんだ?」


「女の子では入りづらい穴場的なお店なの」


「ほう。よかろう。お供しよう」


 すぐ近くなのかと思いきや、その店は電車で移動しなければならないらしい。


 ついた駅はどこか裏寂れた感じのする下町だった。

 早く帰ってユーグレイア戦記の続きがしたかったので、ちょっと気が急いてしまう。

 確か今日は夕方から無料ガチャが引けるはずだ。


「悪い、花蓮。ちょっとトイレに行ってくる」


「うん。分かった。ここで待ってるね」


 とりあえずガチャだけ引こう。

 そう思ってトイレへと急いだ。




 ─────────────────────



 動物園でこの世界の生き物の知識をつけた魔王様。

 花蓮ちゃんの可愛さに翻弄されつつも、やはり頭はゲームのことでいっぱい。


 でもガチャなんて引いてて大丈夫なのでしょうか?

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