第53話 和平交渉

 久し振りに訪れた元城主の俺を見て、魔族たちは緊張しているようだ。

 何千といる魔族を見て俺も足がすくんだが、それを気取られないようゆっくりと歩く。


「ここが魔城……」


 俺の隣でカレンが声を震わせていた。


 人類と魔族の和平会談はこの魔城で行なわれることとなった。

 人類側で参加を許されたのは俺とカレン、そして国王の三人だけだ。

 もしこの三人がここで殺されれば、人類は計り知れない損失となる。


 謁見の間に通され、しばらくすると魔女王イザベラが現れた。


「よくのこのこ来れたよね。マジ、ありえない」


 ギャル丸出しのイザベラが俺を睨みつける。

 相変わらず魔族の代表とは思えないくらい重々しさがなかった。


「話し合いに応じてくれて礼を言う」


 国王が頭を下げるが、イザベラは興味なさそうにそっぽを向いた。


 謁見の間に控えている魔族たちは黙って成り行きを見守っている。

 全員イザベラの指示があるまで動かないように言われているのだろう。

 その中には先日まで人類の捕虜だったゲレイロの姿もある。


「まずはこちらからの提案を説明させてもらおう」


 俺はテーブルに地図を広げ、王国議会で決めたことを説明する。

 領土の分配、資源の分配など、かなり譲歩した内容だ。

 人類の譲歩にイザベラ以外の魔族たちは驚いた様子であった。


「お前らの条件は、今より領土を減らして魔族に譲歩するという内容じゃないか。そんなうますぎる話があるか。なにか裏があるんだろ」


 魔族の重鎮が堪らず口を挟んできた。


「裏はありません。しかしその先の考えはあります」


 カレンが相手の目を見て答える。


「取り敢えず領土をこうして区切りますが、ゆくゆくは人と魔族が共に暮らせる世界を作りたいんです」


 こちらの主張がいかに真剣なのかを伝えるため、敢えてこちらに不利益な条件を提示する。

 その作戦は狙い通りで、魔族たちはざわついていた。


「馬鹿な。魔族と人間がともに暮らせるわけ無いだろ!」


「暮らせる。俺が証明しただろ」


 俺が立ち上がると、魔族たちは静まった。


「魔族と人間が仲よく協力し合って生きる必要はない。ただお互いが尊重し合い、互いに干渉しなければいいだけだ。それはそんなに難しいことじゃない」


「そんなこと、どーでもいい」


 黙って聞いていたイザベラが苛立たしげに声を上げる。

 軟化し始めていた空気が一気に張り詰めた。


「人間と魔族がケンカしない世界にしたいなら、条件は一つ。シュバイツァーが魔族に戻って」


 イザベラが鋭い目で俺を睨む。


「俺が魔族側に戻る……?」


 考えてもいなかったが、それは確かに合理的な考えだった。

 俺が魔王の座に戻り、人間との争いをやめると宣言すれば済む話である。


 一度裏切った俺を魔族たちが再びリーダーと認めるかは分からないが、現リーダーのイザベラが認めてくれれば、不可能ではない話だ。


 イザベラがそこまで考えてくれていたとは、意外である。

 しかし話には続きがあった。


「シュバイツァーが魔族側に戻って、あーしと結婚すれば、人間どもと和平を結んでやってもいい」


「……は?」


「もともとシュバイツァーはあーしのフィアンセなんだから、当たり前でしょ」


「そ、それはつまり、形式的に結婚し、俺を再び魔族のリーダーにして、人間と和平を結ぶって意味だよな?」


「形式的ってなに? ふつーに結婚して、イチャついて、毎晩ヤッて、バンバン子ども作るって意味だけど」


 場の重々しく厳粛な空気に全くそぐわない発言だ。

 会議場は一瞬で気まずい空気になる。


 カレンなどは驚きで目を丸くし、顔を真っ赤に染めていた。


「ふざけるな。いま真剣な話をしているんだぞ」


「は?ふざけてなんてないし。それが条件。どーする?」


 どうやら本気で言っているようだ。

 俺がイザベラと結婚さえすれば、人類と魔族は共存できる。

 だが──


「すまない、イザベラ。それはできない」


「はあ!? ありえない! なんでよ!」


「俺はカレンを愛している。その気持に嘘をついてイザベラと結婚することは出来ない」 


 頭を下げて気持ちを伝えた。


「タイガさま……」


 カレンは瞳に涙をためて俺を見つめていた。


「ふざけんな! シュバイツァーはあーしと結婚するの! それは決まっていたこと!」


「俺はもう魔族を抜け、今は魔王ではない。魔女王と結婚するのは魔王だ。俺ではない」


 俺の正論にイザベラは「ぐぬぬぬぬ」と歯を食いしばって怒りを露わにする。


「そ、そもそも結婚は愛し合う者同士がするものです! 私はタイガさまを愛しております!」


 カレンが立ち上がり、俺の肩を抱き締める。


「はああっ!? あーしだってシュバイツァー好きだし! よゆーであんたより好きだから!」


 イザベラはカレンを突き飛ばし、俺に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっとやめて下さい! タイガさまは私が好きだとおっしゃっていたのを貴女も聞いてましたよね!?」


「うっさい、このぶりっ子! どうせほんとは腹黒いくせに!」


「失礼な! 貴女こそエッチなことばっかり考えてるはしたない女の子のくせに!」


「はあ!?」


「お、おい、よせ。二人とも……」


 なにこの修羅場……

 和平交渉のはずが、公開痴話喧嘩になってしまった。

 魔族の重鎮たちも呆れ顔で俺達を見ていた。



 ─────────────────────



 思わぬ痴話喧嘩展開!

 どうまとめる、タイガ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る