第54話 新魔王

 興奮した二人をなんとかなだめ、席に座らせる。

 この会議場は魔力無効空間となっているので助かったが、もしそれがなければ大変な被害が出ていただろう。


「人類と魔族の和平。なかなか興味深い話ではあるな」


 興奮しているイザベラに代わり、ゲレイロが発言する。

 もちろん捕虜の頃に埋め込んでいた『光明の楔』は外している。


「他にもそちら側の要求があるなら聞かせてくれ。可能なことであれば譲歩しよう」


 国王はゲレイロの目を見て伝える。  


「なんとっ!? 交換条件を出すどころか、さらなる譲歩もありうるというのか!?」


 魔族たちはどよめく。

 明らかにこの提案を快く思っている気配があった。 


 魔族たちも度重なる戦いでかなり疲弊しているのだろう。

 しかもイザベラが兵士を狂化させてしまうので、様々な悲劇が生まれているに違いない。


「なに勝手に話を進めようとしてるワケ!? あーしがボスなんだから、あーしの決定以外認めない」


「イザベラ様の要求とは、魔王との結婚のことでしたな?」


 ゲレイロが確認する。


「そうよ! 魔王と魔女王は結婚する。それが決まりなの!」


「いまの魔王は私なのですが」


 ゲレイロが伝えると、イザベラは「へ?」とキョトンとした。


「そんなわけない! 魔王はシュバイツァーよ!」


「先日代替わりをしたんだ」


 そう。つい先日、俺がそうした。

 捕虜だったゲレイロを解放する前、俺はこっそり魔王の座をドーティに譲っていた。


 人間サイドとして交渉に当たるなら、魔王の座を正式に降りなくてはいけないという思いからだった。

 まさかそれがこうして役立つとは思っていなかったけど。


「そんなの認めない! なしなし!」 


「魔王の代替わりに魔女王の承認はいらないはずだが?」


「ぐぬぬぬっ!」


 イザベラは牙を剥いて悔しがる。


「あの、イザベラ様……私で良ければ、婚姻は問題ありませんが」


 ゲレイロは静かにイザベラに問いかける。

 いつもながらのポーカーフェイスに見えるが、ちょっと緊張で顔が強張っていた。


 え、もしかしてゲレイロ、お前イザベラが好きだったのか?


「っざけんな! あーしはシュバイツァーと結婚するの! 聞いてなかったワケ?」


「それはシュバイツァーが魔王だからという理由でしたよね? 現魔王は私なのですが……」


「うっさいうっさいうっさいっ! そんなの許さないからね!」


 イザベラは怒りながら会議室を出ていってしまった。

 魔族の重鎮たちは微笑みながらその姿を見送っていた。




 ──

 ────



「和平は結べませんでしたけど、一歩前進って感じでしたね」


「そうだな。魔族たちも戦いに疲弊しているものも多かった。新魔王のゲレイロを中心に和平を前向きに検討してくれるだろう」


 王都への道中、俺とカレンは今回の会談や今後のことを話し合う。


「ゲレイロさん、イザベラさんと仲よくなれたらいいですね」


「ははは。そうだな。あいつには頑張ってもらわないと」


 ゲレイロが人間との和平に前向きなのは、捕虜となった彼にカレンが優しく誠実に向き合ったことも関係しているだろう。

 あの経験でゲレイロは人間の優しさを学んだはずだ。


 いけ好かない奴ではあるが、魔王の座を譲って正解だった。


「私達も王都に戻ったら、そ、その、挙式、を挙げないとですね」


 カレンは顔を赤くしながらそっと俺の手を握る。


「いや、今はまだ駄目だ」


「どうしてですか?」


「今は魔族との大切な交渉の時だ。それに全力を注ぎたい」


「私達の婚姻がそれを後押しするかもしれませんよ」


「その可能性もあるが、イザベラが逆上するかもしれない。せっかく纏まりかけていても、怒りに任せて攻めてきたら元も子もないだろ」


「それはそうですけど……」


 イザベラは拗ねた顔をして俺の手をぎゅっと強く握る。

 本当はいますぐ結婚したい。

 この愛らしい聖女と思う存分いちゃいちゃしたい!

 けど今はこの世界の安寧が最優先である。


 そのとき、急に俺の身体が光り始めた。


「うわっ!?」


「きゃあっ!? タイガさま!?」


 マジかよ!?

 これは女神レレイレによる召喚の前兆だ。

 こんなタイミングで呼び出すなよ!



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 まばゆい光が消え、目を開けるとレレイレとシュバイツァーが立っていた。


「よう、久しぶりだな」


 シュバイツァーが片手を上げて笑いかけてきた。

 ……なんかいつもと雰囲気が違う。


 いつもならもっと怒っていたり、逆に気を遣ってきたりするのに、なんだかちょっと気まずそうな顔をしている。


「しつこいぞ、シュバイツァー。俺はそちらの世界に戻るつもりはない!」


 力強く断言すると、レレイレとシュバイツァーが顔を見合わせる。

 何なんだ、いったい……


「そのことなんだけどな、大我……本当に戻らなくていいんだな?」


「え? うん、まあ……いいけど」


「そうかそうか。もし、じゃあこのまま交換しよう」


「へ?」


「俺はこちらの令和日本で、お前はそちらのユーグレイアで魔王として暮らす。それでいいだろ?」


 予想もしない言葉がシュバイツァーの口から放たれた。




 ─────────────────────



 いよいよ物語も最終盤!

 大我とシュバイツァーの二人はどんな決断を下すのでしょう?

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