第52話 救世魔

 〜~大我Side〜~



 かつてタイガたちが作った遊水地が魔族たちによって破壊されていた。

 更にはイレンツォの街にも魔物たちが大挙で襲いかかっており、すでに防壁も決壊寸前であった。


「皆さん、逃げて下さい! 留まっていたら危険です!」


 聖女カレンは必死に呼びかけるが、兵士たちの耳には届いていない。

 みんな文字通り命懸けでイレンツォの街を守っていた。



「遅かったか!?」


 俺は慌てて降下して、カレンを探した。


 魔物たちはそのほとんどが目を赤く染めて牙を剥いている。

 魔女王イザベラによってビースト化させられた狂戦士である。


 死を恐れない魔物たちは腕が切れようが、腹を刺されようが襲い掛かってくる。


「グギャアアアアアアア!!」


 ウェアウルフの大群が奇声を上げながらカレンに飛び掛かる。


 いたっ!


 さすがのカレンもこの数が相手では太刀打ちできない。


「カレンに触れるな、雑魚ども!」

「タイガさま!」


 俺は覇気を放ち、ウェアウルフたちを吹き飛ばした。


「大丈夫か、カレン」


「はい! タイガ様もよくぞご無事で」


「ここから巻き返すぞ」


「はいっ!」


 ヴァッゾーラに鍛えてもらった俺にとってこいつらは物の数ではない。

 次から次と薙ぎ払い、一時間後には魔族をすべて撤退させた。



「怪我はないか、カレン?」


 問い掛けるとカレンは泣きながら抱きついてきた。


「タイガ様っ!」


「わっ!?」


「よかった……よかったタイガ様……おかえりなさい」


「な、泣くことないだろっ」


「心配してました。このままタイガ様が戻らなかったらと思うと、身が引き裂かれる思いでした」


 カレンは涙で充血した目で俺を見つめていた。


「愚か者。俺がカレンを置いていなくなるわけないだろ」


「はいっ!」


 カレンは泣きながら笑い、ギューッと抱きついてきた。


「ちょ、おい。こんなところで……みんな見てるだろ!」


 周りを見回すと、こちらを見ていた人たちが一斉に顔を逸らす。


「ほら。誰も見てません」


「いや、さっきまで見てただろ」


 カレンは俺の頬を両手で挟み、キスをしてきた。

 あー、もうどうでもいい。

 俺だって我慢してたんだぞ!


 カレンを抱き締め、俺もキスをし返す。


 それを見ていた周りの人たちが歓声と拍手をあげていた。



 ──

 ────



「イレンツォの防衛、感謝する」


 国王が深々と頭を下げ、それに続いて大臣たちも頭を下げた。


 よく見ると、大臣たちの顔ぶれがだいぶ変わっている。

 主に勇者派の大臣がいない。

 勇者はふてくされた顔でそっぽを向いていた。


 俺がいなかった間、魔族たちの大攻勢があったそうだ。

 その間指揮を采っていたのは勇者や勇者派の大臣だった。


 しかしその采配はことごとく裏目に出る。

 防衛戦を誤ったところに張り、魔族の陽動に乗せられ、隙をつかれて甚大な被害を出した。


 その結果多くの人が殺され、数々の都市が墜とされた。

 勇者派の大臣は討ち死にをしたり、その座を降格させられたらしい。


「タイガが戻ってきてくれたなら、百人力だ。これから反撃するぞ!」


 誰かが叫ぶと、みんなが「おおー!」と声を上げる。


「いいえ。魔族との戦いは致しません」


 カレンがそう言うと、会議室は一瞬で静まり返る。

 俺が言おうとしていこと、そして言いづらかったことを、カレンが言ってくれたことに驚く。


「なにを言い出すんだ、カレン! ここまで攻められて、多くの犠牲者を出し、魔族と戦わないとはどういうことだ!」


「私達も多くの魔族を殺めてきました。犠牲を出したのはお互い様です。殺し合う負の連鎖は、ここで断ち切らなければいけません。魔族と和平を結ぶのです」


 カレンの言葉に会議場はざわめきだつ。


「話が通じる相手だと思っているのか!」


 勇者が立ち上がり、カレンに怒鳴る。

 いつもはカレンの理解者ぶって、反論などしないのに珍しい。


「もちろん思っております。その証拠にタイガ様は人と魔族の共存を実現しようと日々奔走してくださってます」


「カレンはタイガに洗脳されたんだ! 人と魔族の共存なんてありえない! タイガが裏で糸を引いて人類を襲っている可能性だってあるんだぞ!」


 勇者が口角泡を飛ばしながら訴えると、むしろ議場は静まり返った。


「そう言ってタイガを追放し、王国を危機に陥れたのはお前だろ!」

「タイガは何度も人民の命を救った」

「今回だってタイガがいなければイレンツォは墜ちていたぞ!」


 非難の声を浴びせられ、勇者は怒りに震えながら椅子に腰を落とした。

 すっかり信頼をなくし、落ちぶれた様子だ。

 ザマァ見ろ。


「カレン、どうやって魔族と和平を結ぶつもりだ?」


 国王が問い掛ける。

 カレンが答える前に俺が立ち上がった。


「俺が話をつけてくる」


「タイガ殿が? しかし魔女王はむしろそなたの首を狙っているようだが」


「俺の首が条件なら、それに従うまでだ」


「いけません、タイガ様!」


 カレンが悲鳴のような声を上げる。


「案ずるな、カレン。そうならないよう、最大限の努力はする」


 長きに渡る人と魔族の戦いを終わらせるのは簡単なことではない。

 それを成すためには、俺もかなりの覚悟が必要だ。

 もちろん死ぬつもりはないけれど。



 ─────────────────────



 舞い戻ったタイガ。

 ここから人類と魔族の和平交渉は結ばれるのでしょうか?




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