第26話 夏油の外道な作戦

 〜〜シュバイツァーSide〜〜


 文化祭前夜の一年五組の教室に数人の人影があった。


「なんだ、これ? 昭和臭が漂うセットだな」


「駄菓子カフェなんだとよ」


 夏油が薄笑いを浮かべながら仲間たちに説明する。


「結構がっつり作ってんな。なあ夏油。これ、ぶっ壊せばいいわけ?」


「ああ。思いっきりやっちまえ」


「なんでそんなことすんだよ?」


 その問いかけに夏油がニヤッと笑う。


「このクラスだけ荒らされていれば、司波が俺たちに睨まれているから嫌がらせされたって気付くだろ? そうすれば司波はみんなから疎まれる」


「なんだ、それ? そんな面倒くせぇことするより、司波って奴ボコればいいんじゃね? 陰キャオタクなんだろ、そいつ」


「いや、あいつはなんだか急に強くなりやがった。まずは精神的なダメージを与えてからだ。心が弱ったところで完膚なきまでにボコッてやる」


 夏油が脚を振り上げてポストを狙う。


「くだらない奴だな、お前」


 俺は不可視インビジブルを解いてその蹴りを腕で受け止める。

 軽くはないが、大した威力の蹴りではない。


「し、司波っ!? てめぇいつの間にっ……」


「これはクラスの全員で必死に作ったものだ。それをそんなくだらない理由で破壊しようだなんて、万死に値するな」


「調子に乗んな! そういうしゃべり方がキモいんだよ!」


 夏油が俺の顔面を狙って拳を振り上げてくる。


 ほう、確かにこれまでの雑魚よりは動きが早いな……


 だが、甘い。

 その程度の速度では、俺にかすることも出来ない。


 スッと屈んでパンチを避け、全身のバネを使ってがら空きの顎を打ち上げる。


 ゴツッ……


 鈍い音と共に夏油の身体が宙に浮く。


 悪いな、花蓮。

 喧嘩をしないっていうお前との約束破っちまった。

 でも仕方ないだろ。

 こいつらのしたことは、それくらい罪深いものだ。


 心の中で花蓮へのいいわけを並べながらゴロツキどもを叩きのめす。

 ものの数分で夏油たちは床を這いずり、頭を抱えながら転げ回っていた。


「ひ、ひぃぃいいっ……助けてくれ!」


「お前の勝ちだ! もう許してくれ!」


「俺は夏油に言われて手伝っただけなんだ!」


 カスの吐くセリフというのは大体同じだ。

 俺の世界でも、こちらの世界でも。


「おい、夏油」


 屈んで夏油の髪を掴んで顔を上げさせる。


「は、はいっ……」


「二度とこんなふざけた真似するなよ? もしまた、こんなことしたら」


 パンチを繰り出し、夏油の鼻先で寸止めする。


「ひっ!?」


「腕と脚と間接、360°駆動するようにへし折るからな?」


「し、しません! もう二度と逆らいません!」


「よし。じゃあお前ら服脱いで一列に並んで土下座しろ。動画を撮ってやるから」


「そ、それはっ……」


「さっさとやれ。ほら、10、9、8」


 カウントダウンを始めると夏油たちは競うように服を脱ぎ出す。

 まあこれだけ恐怖心を植え付けておけば問題ないだろうが、念のため弱みを握っておいたほうがいいだろう。



 ~~文化祭当日~~



「おーし! 今日は頑張るぞー!」


 勇真が片腕を上げて士気を上げると、みんながそれに続いて「おー!」と声を上げる。


 昨日の惨事も知らないでお気楽なもんだ。


「おはよー、司波くん」


「おお、美濃。おはよう」


「あれ? こんなところに赤の絵の具なんて塗ったっけ?」


「お、おう。本当だな。青に染めておこう」


 昨日の惨事の血痕が残っていたようだ。

 気がついたのが美濃でよかった。


 絵の具でそこを塗っていると──


「おおーっ!」


「花蓮ちゃん、かわいい!」


「マジ、アイドルみたい!」


 歓声につられて振り返ると、メイド服姿の花蓮が立っていた。

 しかしそれは花蓮の部屋で見たフリフリのミニスカートではなく、くるぶしまで丈のあるロングスカートの、正統派なメイド服だった。


「花蓮、ミニスカートじゃなかったっけ?」


「うーん。そうだったんだけど、こっちにしてみた」


「清楚で花蓮によく似合ってるよ!」


「そう? ありがと」


 花蓮がはにかみながら裾を持ち上げてくるっと一回転した。


「マジか! 花蓮さんのミニスカ見たかった!」


「いや、これはこれで神だろ!」


 男子たちは興奮気味で意見を述べあっていた。


 俺は花蓮が生足を晒さなかったことがなんだか嬉しくて、微笑みながら色の上塗りを続ける。


「似合ってるよ、花蓮。お姫様みたいだ」


 勇真が両手を上げ、大袈裟に褒める。


「なにそれ? お姫様に見えるって失敗なんだけど? メイドなんだから」


「そ、それくらい可愛いってことだ」


 花蓮に冷たくあしらわれ、勇真はしどろもどろになっていた。

 ザマァ見ろ、愚か者が。


「おはよ、司波くん」


 花蓮が駆け寄ってきて、俺の隣にチョンと座る。


「ああ、おはよう」


「どう? 似合う?」


「そうだな。立派なハウスキーパーに見えるな」


「嫉妬深い誰かさんのために長いスカートにしてみた」


「べ、別に俺は嫉妬なんてっ……ま、まあそっちの方が似合ってるからいいんじゃないか?」


「ふふ。ありがと。今日は頑張ろうね!」


「ああ。言われなくてもそうするつもりだ」


 俺をからかうとはいい度胸だ。

 まったく。



 ─────────────────────



 夏油も叩きのめし、順調な魔王様。

 しかし花蓮ちゃんには相変わらず振り回されているようで。


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