第27話 司波らしさ

 文化祭は生徒のみではなく、一般の人々も入れる。

 うちのクラスの駄菓子カフェは大人たちに人気があった。


「懐かしいねぇ」


「あったあった、こんなお菓子!」


「うわ、おいしい! 懐かしいなぁ」


 そんな声を聞いていると、このカフェをやってよかったと素直に思えた。


「うわっ、あの娘かわいくね?」


「アイドルなんじゃね? テレビの企画かなんかなのか?」


 やってくる男子の半数以上は花蓮目当てだ。

 念のため花蓮を見て興奮している男どもの顔は記憶しておく。



 午後一時過ぎになり、ようやく交代で休憩時間になった。

 せっかくなので一人で文化祭を回ってみるか。


「司波くん、お疲れ!」


「おう、花蓮」


「私も休憩もらったから、一緒に文化祭回ろう」


「そうか。まあいいが、その格好で回るのか?」


 花蓮はまだメイドの格好をしていた。


「そうだよ。チラシ配って宣伝を兼ねながらね」


「商魂逞しい奴だな」


 二人で回るのはいいが、花蓮が目立ちすぎるので、すれ違う人たちからジロジロと見られる。


「司波くんも執事の格好すればよかったのに」


「冗談じゃない。俺は裏方がいいんだ」


「そう? 似合うと思うけどなぁ」


「ふざけるな。こんな矮小な体躯では似合うまい」


「そんなことないよ。最近姿勢もいいし、それに元々顔もカッコいいんだし」


「カッコいい!? 俺が、か?」


「もちろん」


 花蓮は真顔で頷き、俺の前髪を上げてきた。


「前髪が長すぎて目がまともに見えないけど、顔をちゃんと出したらカッコいいよ」


「やめろっ。髪を触るな」


「今度、私が切って上げようか?」


「ま、まあ、お前がそうしたいなら、勝手にしろ」


「い、言っておくけど別に司波くんの顔をはっきり見たいからするんじゃないからね。そんな髪型だと視力も落ちるだろうから、健康面を考えて言ってるんだからね!」


「視力か。確かにそれは一理あるな」


 この身体は司波大我のものだから髪型を変えるのはよくないとそのままにしていたが、花蓮の言うように目にはよくないだろう。


「じゃあ今度の日曜日に切って上げるから」


「悪いな。よろしく頼む」


「あー、でも髪を切ったら疲れちゃうかも」


「分かった分かった。ヒーリングしろというんだろ?」


「いいの? ありがとう!」


 花蓮は本当にヒーリングが好きだな。

 まあ身体に悪いことじゃないから、別に構わないが。



 それにしても普段は授業をしている学校がおもちゃ箱をひっくり返したように賑やかである。

 まるで別の世界だ。


 チョコバナナなるものを食べたり、ステージで音楽演奏を聴いたり、美術部が製作したという作品を鑑賞したり、なかなか楽しかった。


「ねぇあそこ入ってみない?」


「オバケ屋敷? まあいいがやけにおどろおどろしいな」


「そりゃオバケ屋敷だもん」


 入場料を払い教室内に入ると、やけに薄暗かった。


「うわっ……意外に怖いかも」


「おい、花蓮。俺の腕にしがみつくな」


「だって怖いんだから仕方ないでしょ」


 まったく人間というのは、なぜこんなに暗闇を怖がるのだろう。


 とはいえ俺もなかなか心臓がバクバクいっていた。

 もちろん恐怖からではない。

 しがみついてきた花蓮の胸部のぷにっとした弾力が気まずいからである。


 オバケ屋敷は軽い迷路になっており、時おり大きな音を出したり、影から人が飛び出して驚かせるという幼稚なものだった。


「きゃあああ!」


「いちいち驚くな。俺はむしろお前の悲鳴が怖い」


「だって仕方ないでしょ! 怖すぎるんだもん」


 花蓮は腕にしがみついた上に指を絡めるように手まで繋いできている。

 歩きづらいこと、この上ない。


 ずいぶん時間がかかり、ゴールするまでに五分も費やしてしまった。


「おい、花蓮。オバケ屋敷を出たんだからもう離れろ」


「ッッ……」


 花蓮は熱いものに触れたかのように、飛んで俺から離れた。


「か、勘違いしないでよ! 私は怖くて司波くんにしがみついていただけで……」


「分かっておる。ガタガタ震えていたからな」


「そ、そこまで怯えてないし!」


 むきになって反論する姿はなかなか愛らしい。


 間もなく休憩も終わりなので、二人で一年五組の教室へと向かう。


「そういえば花蓮。ちょっと訊きたいのだが」


「なに?」


「俺の喋り方って、変なのか?」


 大して気にしていたわけではないが、夏油に昨日の夜言われたことを訊いてみた。


「んー……まぁ、変ていえば変だけど。それが司波くんらしさだからいいんじゃない?」


「やっぱり変なのか!?」


「まあね。でも私は好きだよ。あ、す、すすす好きって喋り方のことだからね! 異性としてとか、それはまた別の話っていうか」


 なにやら一人で言って、一人であたふたしている。


「そうか。ありがとう、花蓮」


 変だけど俺らしくて好き。

 花蓮の言葉を聞き、胸が少しホッコリと温かくなった。

 それは元の世界にいたときには、あまり感じなかった温かさだった。



 ─────────────────────



 私は高校生の頃、文化祭でお化け屋敷をしました。

 やる側なので魔王様のような経験はありませんが、それはそれでなかなか楽しいこともありました(遠い目


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る