第25話 魔女王、イザベラの影

 ゲレイロは俺を見てニヤニヤと笑っている。


「なにがおかしい?」


 ゲームをやっていたから分かるが、こいつはなかなか強い。

 特に高速で移動してから仕掛けてくる攻撃は初見殺しと悪名高かった。


「人間どものペットになったとお聞きしてましたが、首輪はしてないんですね、元マオウサマ」


「軍を退け。魔族と人間の争いは終わった。これからは共存共栄の時代だ」


「おやおや。マオウサマのご命令ですか。でも残念。指揮権はもうあなたにはありません。今はイザベラさまが指揮を執られてますから」


「イ、イザベラが……」


 イザベラというのは魔王と張り合っていた魔女王である。

 その悪魔的な強さで数々のプレイヤーの心をへし折ってきた強キャラだ。

 ちなみに魔王に惚れていて、いがみ合いながらもアプローチしているという歪な関係でもある。


「おや? マオウサマ、震えてますか? イザベラさまは怖いですものね。人間に服従したマオウサマにかなりお怒りでしたよ」


「黙れっ!」

「ふぐぅううっ!?」


 うるさい口を閉じさせたくて、秒でゲレイロを殴り倒した。

 ゲレイロはそのまま地面まですっ飛んでいった。


「おら! 死にたい奴からかかってこい!」


 怒りの彷徨を上げると、雑魚どもは怯えて逃げていった。

 カスどもめ。


 地上を見ると、カレンたちが必死で戦っていた。

 とはいえカレンは魔族との和平を望んでいるからか、致命傷を与えない。


 ある程度ダメージを与え、それから捕縛するという作戦をとっていた。

 そのためかなり手こずっているようだった。


「あれじゃキリがないな」



 俺は地上へと降り立ち、魔族の前に立ちはだかった。


「貴様ら、目を覚ませ! 人間と争ってなんになる! これからは人間と共にいきるのだ!」


 号令をかけたが、魔族は一匹たりとも従う様子がない。


 まあ、そりゃそうだよな……

 そもそも下級魔族ばっかりで言葉もまともに理解してなさそうだし。


「静まれっ!」


 全身から魔王の覇気を飛ばすと、魔族たちはピタッと動きを止めた。

 この程度のモンスターなら覇気の力だけで抑えつけられそうだ。


「すぐにここから立ち去れ! 貴様らの指揮官のゲレイロは既に堕ちたぞ!」


 下級魔族たちはようやく状況に気付いたらしく、蜘蛛の子を散らすようにイレンツォの街から退却していく。


「大丈夫か、カレン」


「タイガさま! ありがとうございます!」


 カレンは涙目で俺に飛び付いてきた。

 気丈に振る舞っていたが、怖かったようだ。


「そんなに怯えていたのか? あの程度のモンスター、カレンならいくらでも倒せるであろう」


「私自身の身は守れても、多くの市民を守ることは難しいです。タイガさまが追い払ってくださらなければ、かなりの被害になっていたはずです。ありがとうございました!」


「わ、わかったから離れろ。その、みんなにジロジロ見られて気まずい」


「はっ!? す、すすすすいませんでした!」


 カレンは顔を真っ赤に染めて俺から離れる。

 興奮すると周りが見えなくなるタイプのようだ。



 ────

 ──



「数々の無礼、誠に申し訳なかった。すまん」


 イレンツォの白髭市長と貴族院の連中が一列に並んで俺に頭を下げる。


 昨夜の戦いを見て、俺が本気で人との共存を望んでいると理解してくれたようだ。


「気にするな。元々敵の総大将だった者が仲間になるなんて、普通信じられなくて当然だ」


「いや。我々があんなにひどいことを言ったのに貴方はこの街を救ってくれた。なんとお詫びをのべていいのか」


「言っただろう? 俺は人と魔族の共存を願っている。当たり前のことをしたまでだ」


「ありがとうございます」


 昨日の態度から一転し、彼らは俺を仲間だと認めてくれていた。

 カレンは俺に目配せをしながら笑っている。


 遊水池を作る計画はもちろん彼らに受け入れられ、早速工事の準備に取りかかることとなった。

 実際の工事が始まったら、俺も魔力を使って手伝うと約束してイレンツォを後にした。


 捕虜としたゲレイロを荷車に乗せ、王都ロムロスへと向かう。

 ちなみにゲレイロはカレンの清光の輪によって捕縛されているので逃げようもない。


「さすがはタイガさまでした。改めて感動致しました。本当にありがとうございます」


「侮るな。あの程度のモンスターストライクなど物の数にも入らんわ」


「いえ、そうではありません。あれほど市長たちに非礼を働かれたのに、それでもイレンツォの街を守ろうとする心の広さ感銘を受けたのです」


「そんなことか。当たり前のことをしたまでだ。人の信用を得ようと思うなら、まずこちらから誠意を見せて向き合わなければならない」


「素晴らしいです」


 カレンは瞳をキラキラと輝かせて俺を見ていた。


「そんなことより、カレン。市民を守ろうとする気持ちは分かるが、それに縛られ過ぎてまともに戦えないというのは本末転倒だ。もしお前が殺られたら、誰が民を守る?」


「私は天空の聖女です。民は一人でも見捨てることは出来ません」


「愚か者。多少の犠牲があっても、まずはお前が無事でなければならない。結局それが大多数の命を守ることになるんだ」


「そう言われましても……私は」


「お前に死なれたら俺が悲しいんだ。頼むから危険からは身を守ってくれ」


 強い口調で言うと、カレンは驚いた顔をしてみるみる顔を赤らめていった。

 妙に照れられるからこっちまで恥ずかしくなってくる。


「タイガさまが……ほ、本当ですか?」


「当たり前だろ」


「じゃ、じゃあ気を付けます」


「約束だぞ」


 俺は小指を立てた手をカレンの顔に近付ける。


「そ、そそそれは!?」


「指切りげんまんだ。約束だからな」


「えっ? えっ? え? え? こ、小指の契りを……!?」


 カレンはさらに顔を赤らめ、ほおずきのようになって、オロオロしだす。


「ほら、早く」


「は、はい!」


 カレンはおずおずと自らの小指を俺の小指に絡める。

 妙に艶っぽく、秘め事を交わすような恥じらいを感じた。


「指切りげんまん、嘘付いたらハリセンボン飲ーます。指切った」


 指切りを終えると、カレンは自らの頭を俺の肩に乗せてくる。


「ん? どうした?」


「い、一生をあなたに捧げます」


「一生? 大袈裟だな」


 たかが指切りにそんな効力はないのだが、まあいい。


 それよりもイザベラだ。

 王都に帰ったら捕虜にしたゲレイロにあれこれ訊かなきゃならないだろう。

 面倒なことになったものだ。



 ─────────────────────




 あー、大我くん!

 指切りげんまんはこの世界ではぜんぜん違う意味なんだぞ!


 軽々しく契ってしまった大我くん。

 果たしてどうなる!?

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