第55話 正しい逃亡だったと思いますよ
「私は、その大会で優勝したんだ。決勝の相手はプロゲーマーで、強いのはもちろん、ものすごく人気があるプレイヤーだった。華のある戦い方をする人なの。憧れてたよ。実力で言えば、間違いなく相手の方が上だった。10回戦えば9回負けていたと思う。私が勝てたのは、運が味方したから」
相手が滅多にしない連携のミスをした。その隙を突いてどうにか勝てたのだ。薄氷の勝利だった。隠し球に取っていた三段突きを出す余裕すらなかった。
――俺の負けです。あなたは強いな。
対戦後、彼はすがすがしく笑った。
彼と対戦するのは初めてだったが、私は事前に動画で対策することができた。有名プレイヤーだけに、たくさんの対戦動画があったのだ。
一方の私は実績もなく、無名だった。大会に参加するのも初めてだった。検索したことはないけど、私の対戦動画はなかったのではないかと思う。
「――その対戦相手のプレイヤーネームですが、もしかしなくても、ゴロウというのでは?」イシダさんが言った。
「そっか。イシダさん、アンファイ知ってるんだよね」
「ですね。――ゴロウと決勝で戦ったってことは、エーデさんは」
ゴロウさんと私の決勝は公式動画としてアップされている。アンファイ好きなら、視聴はしているだろう。
とすると、次に来る言葉は予想できた。
「ペンペンさん、ですね」
予想通りのイシダさんの言葉に、私はうなずいた。
「はい」
そのプレイヤーネームを耳にするのは、久しぶりだった。懐かしさと共に、苦い思いがセットで浮かび上がってくる。
「腑に落ちました。あの戦いっぷりも納得です。――そうか、エーデさんがペンペンさんか」
イシダさんがすっと目を細めた。
「ペンペン……?」
トーラスさんが首をかしげる。
「ほら、ペンペン草ってあるでしょ」
漢字こそ違うが、私の本名から取った。安直だけど、愛着はあった。
「なるほど。ナズナ」
「と、話の腰を折ってしまってすみません。……話しにくいとは思いますが、どうぞ、続きを」
ペンペンを知っているイシダさんは、これから私がどういう話をするか見当がついているのだろう。
トーラスさんも何かを察したらしい。表情を引き締めた。
私は続きを話し始める。
「表彰が終わったあと、私は、ゴロウさんのチームに誘われたの。プロにならないかって。決勝の結果如何に問わず、スカウトするつもりだったんだって。……もちろん、うれしかったんだけど、あのときは戸惑いが勝っちゃったの。――私は」
私はぐっと言葉に詰まった。
トーラスさんもイシダさんも、続きを促そうとはしなかった。私は拳を握り、左胸にそっと添える。
「――私は、断った。まだ子どもだからって。……そして、女だからって。女性のプロゲーマーだっているのに。ゴロウさんは、年齢とか性別なんて関係ないって言ってくれたけど、私なんかじゃ無理ですって、私はひたすら固辞した。いまならもうちょっとましな断り方ができたと思うけど、当時は混乱して、冷静な受け答えができなくなってた。それで、その後は――」
私は胸から力なく手を離す。そして言った。
「炎上した」
「炎上……? ただ断っただけで?」
「それは……」
炎上の火種を思い出そうとすると、いまでも吐き気がこみ上げてくる。
あのときの私は、ろくに食事も喉を通らない状態だった。ただでさえ細い食がさらに細くなり、家族に心配をかけた。最低限の栄養はゼリー飲料と高機能サプリでどうにか補えていたけど、体調は最悪で、入院一歩手前だった。
「表彰式でのペンペンさんの受け答えが切り抜かれて、悪意ある編集がされた動画がネットに出回ったんです。女に負けるようなプロゲーマーのチームに入るつもりはない、というような」
黙ってしまった私に代わって、イシダさんが言った。
「元動画を観れば、分析にかけなくてもすぐにフェイクとわかる。けれども、残念ながらそういうネタに面白半分で飛びつく輩は少なからずいる。……そこから、ペンペンさんへのバッシングが始まったんです」
「……ひどい」
トーラスさんが口元を手のひらで覆う。
「ええ、ひどいものでした。ゴロウを筆頭に、鎮静化のために動く人はいたのですが……。ようやく騒ぎが落ち着いたときにはもう、ペンペンさんはアンファイだけじゃなく、ネットからも姿を消していた」
イシダさんは沈痛な面持ちで言った。
「私は、逃げたの」
SNSを含めたあらゆるアカウントを消去した。ネットとの繋がりを徹底的に絶ったのだ。
「正しい逃亡だったと思いますよ」
私は無言でゆるりと首を振った。
「……その、動画を作った人は?」トーラスさんが言う。
「女性プレイヤーでした。ゴロウのファンの。……嫉妬だったと、後に彼女は語っています」
「嫉妬、ですか?」
「ペンペンさんがゴロウに認められたこと。何より、ペンペンさんの才能が妬ましかったと」
「私の受け答えがもう少しましだったら、違った結果になっていたかもしれない」
せめて、女だからだなんて、言わなければ。
ゲームには関係ないはずなのに、私は性別を言い訳に使ってしまった。
「そんな……。ユーリさんは悪くないよ」
「けど、責任はあった。優勝者としての責任が」
私はそれに背中を向けた。放り出して逃げた。
「だから、今度は、今度こそ、責任を果たさなきゃいけないのに、この有様だなんて。……私はいつだって、みんなの期待に応えられない」
そもそも、身体からしてそうだ。もう少し丈夫だったら、両親や弟に迷惑をかけずにすんでいた。
真っ先に思い出すのは家族旅行、私の体調が崩れたせいで行けなくなったことがある。
一番楽しみにしていたはずの弟は文句一つ言わなかった。ただ笑って、「次があるよ」と。
それだけじゃない。他にも、たくさん。
親戚の集まりがあるたび、弟はよく年齢の割にしっかりしていると言われる。
私の脆弱さが、弟を否応なく大人びた子にしてしまったのだ。
両親だって、私が足を引っ張らなければ――。
ダメだ。
なんでここまでネガティブなんだろ。普段はこんなこと思わないのに。
自分から湧き出した黒い感情に押しつぶされそうになる。
「違うよ。絶対に、違う」
私は、トーラスさんの力強い声に顔を上げた。
「だって私はあなたに助けられた! ゲームだけじゃなくて……」
「トーラスさん……?」
いま、私って言った? そして、助けられたって?
トーラスさんは、イシダさんに目を向けた。
「私は外に出ていますね」イシダさんは言った。
「すみません。ありがとうございます」
「いえいえ」とイシダさんは部屋を出て行った。
トーラスさんは私に向き直る。急に雰囲気が変わった気がするけど、どうしたのだろう。
「
「え……なんで、私の名前。それに、文化祭って」
トーラスさんの言葉に、私は面食らった。
FLOで私は本名を誰にも教えていない。でもって、文化祭? 口調も変わってるし、どういうこと?
「放課後、私が空き教室でクラスの出し物の飾りを作ってたとき、岩波さんが来てくれたの」
思い当たる節があった。
「まさか……」
あのとき、秋の夕暮れの教室で、ひとり黙々と作業をしていたのは。
「――
トーラスさんが、
うそでしょ。全然気がつかなかった。
「いままで言い出せなくて、ごめんね」
私だってエーデだと言い出せなかったのだから、お互い様だと思う。……ちょっと違うか?
「あ……ええ。それはいいんだけど。よくわかったね。私だって」
混乱であたふたしながら、私は自分を指さす。
「この世界で最初に会ったとき、一目見てすぐにわかったよ。ああ、岩波さんだって。驚いたな」
確かに、フルダイブゲームの中で、ゲームキャラっぽくなっているクラスメイトにいきなり遭遇したら、驚くのも無理はない。
――って、待てよ。初対面のとき、平瀬さんはなんと言っていた?
それだけじゃない。いままで、私たちはどんな会話をしてきた?
「…………」
「岩波さん? どうしたの?」
固まってしまった私を見て、平瀬さん、ええと、トーラスさん? ゲームの中だし、トーラスさんでいいか、とにかく、トーラスさんは言った。
「……あ、いやいや、なんでもないっ! それより、さっき言ってた、助けられたって?」
「一人で作業をしていた私を見て、岩波さんは言ってくれたでしょ。『手伝うよ』って」
確かに言ったし、手伝った。お化け屋敷の小物作りだった。でも、それがどうして平瀬さんを助けることに繋がるのか――。
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