第24話 エーデチャレンジってなんですか?

 まずは王様に会わないと始まらない、ということで、私たちは王都北に位置する王城へと向かった。

 石造りの堅牢そうなお城だ。

 開け放たれた門の横には、槍を持った二人の門番がいた。

「止まれ」

 私とトーラスさんが近づくと、門番二人は槍を交差させた。

「あのー。私、エーデルシュタイン・クライノートという者なのですが……」

「誰だ?」「知らん」

 私が言うと、門番たちは揃って怪訝けげんそうな顔をする。仲良しか。

「名乗り方がまずかったのでは?」

 トーラスさんが小声で言う。

 そうかも。

 こういうときの名乗り方なんて当然知らないので、ほぼ素だった。

「『わたくし、エーデルシュタインですわよ。お控えなさって』とか言った方が、らしかった?」

「それはそれで違うかな……」

「王城に何用だ。見たところ、冒険者のようだが」

 門番の一人が言う。

「実は、火急の用があって、陛下にお目通りを願いたいのです」

 トーラスさんが前に進み出て言った。うお、それっぽい。これがロールプレイってやつか。

 しかし門番たちは、槍を引っ込めてはくれなかった。

「一冒険者がおいそれと王に会えると思ってるのか」

「どうしてもというなら、功績をあげてから出直してこい」

 言ってることはもっともなんだけど、それだと話が進まない。

「私はトリューマの貴族です。いま、私の国が大変なことになってるんです」

 焦れた私は、ついそんなことを口にしてしまう。

「大変なこととは?」

「……それは」

 魔族が出た、って言っても、証拠がないし信じてくれないよね。

 ああ、どうしよう。エーデの名前を出せば勝手に進行すると思ったのに。そういう判定ないの?

「言えないのか。怪しいやつめ。大方、貴族というのもでたらめだろう」

「本当ですってば」

「だったら、おまえがトリューマの貴族だという証を見せてみろ」

「証?」

 貴族の証なんて持ってないぞ。それっぽい服は売っちゃったし。

 そもそもエーデの普段着が証でもないだろうし、何かキーアイテムが必要だとか?

 困った。見当もつかない。どうしよう。

「ユーリさん、旗色が悪いよ。ここは一旦出直そう」

 トーラスさんが囁いて私の服の袖を引く。

「……く、覚えてろよ」

「お嬢様が言う台詞じゃないね……」

「アイルビーバックですわ」

 私は言い直す。

「えぇ……」

 門番たちは揃って無反応だった。ものすごい敗北感だ。

 かくして、私たちは尻尾を巻いてすごすごと撤退した。


「いやー、残念だったな。エーデチャレンジ失敗だ」

 私たちが門を離れると、どこからともなく一人の獣人が近づいてきた。

 プレイヤーだ。

 大剣を背負っているから剣士かな。名前は――アルバートさんか。

 FLOは獣人も細かく設定ができる。動物の種類とか、どれだけ獣の姿に近いかとか。

 アルバートさんは狼の獣人だ。顔は狼だけど手はほぼ人間なので、剣を振るのに不都合はなさそう。

 と、それはそうと。

「エーデチャレンジってなんですか?」

「エーデのロールプレイにチャレンジすることさ。きみで何人目かな。なりすましであわよくばって思ったんだろうが、『言いくるめ』や『説得』じゃ、あの門番たちは動かせないぜ」

 アルバートさんはしたり顔で言った。

「なりすましって、エーデをかたるプレイヤーがいるってことですか」

 驚いた。メリットなんてないと思うけど。

「きみ、まるで自分はそうじゃないっていう言い方だな」

 一応、本物ですので。

 それはそれとして、

「どうしてエーデのなりすましを?」

 純粋に疑問だった。

「面白半分。あと、目立ちたいんだろ。でもって、運良く認められたらラッキーとでも思ってるのかもな。通るわけないのに。まあ、気持ちはわからなくもないが……」

 アルバートさんは一瞬だけ遠い目をする。どうしたんだろ。

 にしても、目立ちたい、か。

 嘘をついてまで目立って、その後はどうしたいのだろう。ばれたときのリスクとか、考えないのかな。

「ところで、アルバートさんはここで何を?」

 トーラスさんが尋ねた。

「何ってそりゃ、本物が来るかもしれないだろ。メインクエストにがっつり噛めるチャンスだからな。レベリングの合間にここで張ってるってわけだ。俺以外にもいるぜ」

 なるほど。そういう人たちもいるのか。

 見れば、門の様子をうかがっている人がちらほらいる。

「言いくるめや説得じゃ無理ってことは、あの門番をどかすために、何か特別なアイテムでも必要なんですか?」

 トーラスさんがさらに尋ねる。

「ああ。『星炎石せいえんせき』っていう、トリューマの王族や一部の貴族が魔力を注ぐと、色が変わる鉱石があるんだよ」

 アルバートさんは隠すこともなく教えてくれた。割と親切なのね。

 星炎石っていうのは初耳だな。

 メインクエストに関してはまっさらな状態で始めたかったので、アイテムも含めた情報を遮断していたんだよね。

「でな、ベータのときの話なんだが、エーデは最初から『星炎石の指輪』を持ってるんだ。けど、路銀の足しにするために、持ってた宝石と一緒にうっかり道中の村で売っちまうのさ」

 指輪を売っちゃう、ね。

 ……うん? その話、どこかで聞いたような。

「金がなくて困ってたってのはわかるが、ろくに確認もしないで自分の身の証になるはずのアイテムを売っちまうなんて、ドジっ子だよなあ。箱入りお嬢様だから、仕方ないのかもしれないけど。誰も教えなかったのかね。あのオープニングのおっさんとか」

「そ、ソウデスネ」

 私は教わってない。けど、アイテムの詳細には書いてあったかもしれない。調べなかったのは私だ。

 内心動揺する私をよそにアルバートさんは続ける。

「んで、エーデは乗合馬車を使ってこの街に来るんだけど、やっぱり王城の門番に信じてもらえなくて、困ってたところにプレイヤーが通りかかる――と言っても、プレイヤーが一定距離に近づくまでクエストは進行しない。それがベータのときのメインクエストの流れだな。指輪を取り戻すためにプレイヤーが協力するんだ。今回はそうはならないだろうけど」

「ど、どうしてですか?」

 私の声は震えていた。

 すでに、私は自分の大失態に気づいていた。

 ザオバー村の道具屋のおっちゃんが言っていた貴重品とはエーデの普段着なんかじゃない。

「だって、製品版だとエーデの中身はプレイヤーだろ? よく見もせずに指輪を売るなんて、そんなドジは踏まないに決まってる」

 アルバートさんは言った。

「ですよね!」

 ヘビー級ボクサーのボディブローを鳩尾みぞおちに喰らった気分だった。そんなドジを踏んだ間抜けがここにいるんですよ。笑えますよね。

「おや? 大丈夫かい。きみ、顔が引きつってるが」

「大丈夫です! いろいろ教えてくれてありがとうございました。では、私たちはこれで! 行こうか、トーラスさん」

「う、うん」トーラスさんはうなずく。

 私はぎくしゃくとした動きでその場をあとにした。

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