第23話 ゲームは楽しくあるべきだから

 私とトーラスさんは宿屋に移動すると、大部屋をレンタルした。

 プレイヤーたちが作戦会議を開いたり戦利品を分配したり宴会したりするのに使う部屋で、レンタルしたプレイヤーの許可がないと入れない。しかも完全防音だ。

「最初に、紹介したい子がいるんだ」

 私は左手首の腕輪をかざした。トーラスさんは首をかしげる。

「紹介って、新しいパーティメンバーとか?」

「ある意味では、そうだね。――おいで、アイネ」

 私の呼びかけに応じて、腕輪からしゅるりとアイネが姿を現した。

「野盗と戦ったときの……! 急に消えたから、不思議だと思ってたんだ」

「この子はアイネ。『封神ほうしんの腕輪』に封じられている神獣なの」

「よろしく」

 前足を揃えて座ったアイネが言った。

「……よろしく」

 トーラスさんはわずかに後ずさる。

「トーラスさん、動物は苦手?」

「ううん。好きだよ。ただ、大きくてびっくりしただけ。うちで飼ってる犬よりずっと大きいんだもの」

 確かに、こうして見るとアイネは大きい。アイネがパカッと口を開けたら、トーラスさんは一口で食べられちゃいそうだ。

「触ってもいい?」

「いいよ」

 トーラスさんがおそるおそる手を伸ばす。アイネがくわっと口を開く。

「ひゃっ!」

 かわいらしい悲鳴を上げて、トーラスさんは私の背中に隠れた。

「アイネ」

 私がたしなめると、アイネは「あくびをしただけさ」とうそぶく。

「まったく……」

「ね、ねえ。神獣って、モンスターじゃないよね。封神の腕輪って……」

 私の背中から離れたトーラスさんが言った。

「さっきのムービーで私が戦った魔族が落としたの」

「――じゃあ、ユーリさんは」

 私は息を吸い、トーラスさんと向き合う。そして、胸に軽く手を添えた。

「隠していてごめんなさい。私は、エーデルシュタイン・クライノートなんだ」

「そっか……」

 あれ。トーラスさん、あんまり驚いてない。

「もしかして、気づいてた?」

「確信はなかったけどね。薄々、そうなんじゃないかなとは思ってたよ」

「正体がばれるような振る舞いはしていなかったつもりだけど……」

「王都の見たときの反応がね、久しぶりに見たって様子だった。ベータのとき以来って感じで」

「え? 私、そんな反応をしてた?」

「うん。ゲーム開始直後に見ているはずなのに、おかしいなって思ったんだ」

 自分じゃ気づかなかった。うっかりしてたな。

「真っ先に考えたのが、ユーリさんは一般プレイヤーとはスタート地点が違うんじゃないかっていう可能性。エーデルシュタインが神聖トリューマ国から魔族の出現を知らせに来るっていうのは、僕も公式サイトのストーリーを読んで知ってた。製品版では、プレイヤーがエーデルシュタインを操作してるってことも」

 私は軽くうなずいて先を促す。

「僕の他にザオバー村にプレイヤーはいなかった。つまり、急いで行く必要のない村ってことだ。ベータテスターの人たちはそれを知ってるんだろうね。でも、ユーリさんはいた。そして、僕とユーリさんが出会ったザオバー村の位置と、サービス開始の時間を照らし合わせると――」

「トーラスさん、探偵か何か?」

 私は両手を挙げた。

「偶然だよ。あとは、アイネさんの存在だね。最初はプレイヤーに友好的なモンスターみたいなのかなって思ったんだけど、ユーリさんと息ぴったりだったし、絶対なにかあるって」

「なんだ。バレてたのかい。隠れている必要はなかったね」

 アイネがそう言って笑う。本当、賢いAIだ。当意即妙とういそくみょうっていうのかな。

「それで、ユーリさん……エーデルシュタインさんって呼んだ方がいいのかな、は、これからどうするの?」

「当面はユーリでいいよ。私は、トーラスさんがよければ一緒にメインクエストを進めたいって思ってる。――どうかな?」

 そのために、トーラスさんに正体を告げたのだ。

「僕なんかでいいの? 初心者だし、レベルもステータスも低いし、足を引っ張っちゃうよ」

「気にしないで。私はこんなだし」

 私は自分のステータスをすべて開示した。

 王都近くに出現する惑いキノコやジャイアントボアを殴ったり蹴ったりし続けた甲斐あって、いまの私のレベルは10だ。

 しかし、ステータスは――。

「……え! これ、ほとんどがレベル7の僕より低い? 素早さだけじゃなくて力も?」

 トーラスさんが目を見開く。

「そうなんだよね。この『銀の巡礼者じゅんれいしゃ』っていうジョブのせいなのか、元々の成長率が低いのか、なかなかステータスが上がらないんだ。『烈日れつじつの首飾り』の効果で攻撃力が少し上がってるのが救いだね」

 精神力と魔力を除いた各能力の数値は割と悲惨なことになっていて逆に笑える。

 レベル5の辺りでおかしいぞと思ったんだけど、まさかこんなに上がらないとは。平均のほぼ半分以下だ。

「ちょっと待って。ベガイスとかいうやたら強い剣士と戦ったときって、これより低かったんだよね」

「そうだね。レベル3だったから」

「それであの動き? って、オープニングのときもか。あの時点ではレベル1?」

 私はうなずいた。

「このゲーム、戦闘はプレイヤーの操作に寄るところが大きいんだ。もちろんアバターのレベルやスキルも大事だけど、極端な話、どれだけ痛い攻撃でも当たらなければダメージは0だし」

「エーデだから特別な補正がかかってる、っていうわけでもないんだよね。敵の動きがスローに見えるとか」

 素早さが上がれば敵の動きが見切りやすくなる。他に、スキルで補うことも可能だ。

 いまの私にはどっちも不足してる。

「それはない。ステータスの通りだよ。一個だけ私も知らないスキルがあるけど、たぶん関係ないかな。あればもっと楽に戦えるはずだから」

「この『????』っていうのだね。――いや、しかし、すごいよ。このステータスで戦ってたなんて」

「アンファイをやりこんでいる人だったら、たぶんあれくらいは動けると思うよ」

「フルダイブ型VR格闘ゲームって、そんなにハードなの?」

「本気で勝ちに行くならね」

 私は指を振ってステータス表示を消した。

「ご覧の通り、アバターのステータスで言うなら、私は最低レベル。メインクエストを進めるのは、きっと簡単じゃない。一度死んだらそれまでだし」

「どういうこと?」

「エーデは復活できないんだ。死んだら完全ロスト」

 これは公表されていない情報だ。伏せろという制約はないので、トーラスさんには言っても構わないだろう。

 トーラスさんは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

「ええっ! だ、だったら、なおさら僕より強い人を頼るべきだよ!」

「私は、トーラスさんがいいな」

「どうして?」

「一緒に遊ぶと、楽しいから」

 心からの私の本音だった。誰かとゲームで遊ぶのに、他の理由がいるだろうか。

「――――」

「あ、もちろん、気が進まないっていうのなら、断ってね。無理強いはしない。ゲームは楽しくあるべきだから」

 うつむいて、しばし考え込んでいたトーラスさんは顔を上げた。

「僕は……僕も、ユーリさんといると楽しい。できれば、これからも一緒にこのゲームで遊びたい。だから――」

 トーラスさんが手を差し出す。

「僕と、冒険してくれますか」

 胸がほんのり温かくなり、頬が自然と緩む。

 微笑んで、私はトーラスさんの小さな手を握る。

「はい、喜んで」

「うんうん。若いっていいねぇ」

 アイネが茶化すように言う。……忘れてた。ずっと見てたのね。

「アイネも、これからはバシバシ働いてもらうからね」

 恥ずかしさをごまかすために、私はアイネの首周りをもふりながら言った。

「おや、いいのかい。あたしが暴れても」

 レベリングでも、これまでアイネの手は借りなかった。

 トーラスさんや他プレイヤーの目が気になったからなんだけど、もうやめにしよう。アイネには、フィールドを思い切り駆け回ってほしい。

「うん。せっかく仲間になってくれたんだし。存分に暴れちゃって」

 私が言うと、アイネはにやりと笑った。

「合点承知」

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