第三章 エーデルシュタインの証明
第22話 週明けのオープニングムービー
夕食後、入浴と勉強を済ませた私は、ゲーミングチェアに深く腰かけた。座り心地のいい椅子で、長時間座っていてもお尻や腰が痛くならない。フルダイブ中に座る椅子にもってこいだ。
私は机の引き出しからアルクスVRを取り出す。
決して安いものではないけど、フルダイブの格闘ゲームをやってみたいと言ったら、両親はしっかり調べた上で買ってくれた。
私の身体について、私以上に気を遣っているのは間違いなく両親だ。
たとえ仮想世界だとしても思い切り動けるのなら、と考えてくれたのだろう。
医療費だってかなりの負担だろうに、本当にありがたいと思う。
私はアルクスVRを撫でて、頭部に装着した。そして、FLOにログインする。
意識がすうっと上に引っ張られていくような感覚があって、気づけば私は宿屋の一室にいた。何度か手を握ったり開いたりして、感覚を確かめる。
意識を仮想世界のアバターに接続するときに酔っちゃう人もいるらしいけど、私は平気だ。
早速部屋の外に飛び出したいのをぐっとこらえ、まずはメニューを開く。
運営からお知らせが届いていた。オルグド国スタートのプレイヤーに向けた新着ムービーが添付されている。
なんだろうと思って開いてみると、夜の森が映し出された。細い道を馬車が走っている。
これ、もしかしなくても――。
そこからの展開は、私の予想通りだった。
馬車からドーガンが出てくる。でもって、次に出てきたのは私――エーデルシュタイン・クライノートだ。
私は魔族と戦闘を始める。カメラワークが巧みで、激しい戦闘ながらも、私の顔は決して映らないように配慮されていた。
FLOには戦闘のリプレイモードがないので、自分が戦う姿を客観的に見られるのはレアだ。
私、よく動けている。アクション映画の主人公みたいだ。テンション上がってるせいか、なんか叫んでるし。
って、待てよ。確かこのあと――。
「
うああー! やっぱりー!
私はベッドにダイブして枕に顔を押しつけたい衝動に駆られた。
どうせなら編集でカットしてくれればいいのに、最後に技の名前を叫ぶところまでばっちり流されてしまった。詳しい人にそれはカエルアッパーだろって突っ込まれるのが目に見えるようだ。
私が森の中に消えて、ムービーは終わった。
改めて見るとかなり恥ずかしい。
これ、オルグド国の全プレイヤーが見ちゃったのかな。
しかし、このムービーで私をエーデと特定できる人はいないはず。人が多い狩り場ではこんな動きしてないし。
平気平気。
――いや待て。
楽観的になりかけて、私は思い直す。
一人だけ、いる。
私の本気の戦いを、間近で見たことがある人が。
念のため、ムービーに映っていた
「ムービー、見た?」
「見た。俺、ベータテスターだったんだけど、いままでオープニングムービーが流れないのおかしいと思ってたんだよね」
「にしてもすげえよ。このゲーム、あんな動きができるんだな。でもエーデって、あんなキャラなん? 中の人の性格か?」
「どうかな。俺、メインクエストやらなかったから。まあ、あの熱血エーデもありじゃない? ドーガンを守りたいってのが、よくわかったよ」
「そうかぁ? ヒロインは、もっとおしとやかな方がいいな」
とか、
「エーデって、いまどこにいるのかな」
「メインクエストが進んでないっぽいからな。その辺でレベリングしてたりして」
「ひょっとしたら、すれ違ってるかもね」
とか、
「顔が見えなかったけど。エーデはどんな顔してるんだろ。ベータでもわからんかったよね」
「俺にはわかる。絶対美少女だ」
「でも、中身が男だったら? あの動きって、アンファイとかの格ゲー経験者っぽくない? 格ゲー遊ぶ女の子って、あんまいないっしょ。フルダイブ型ならなおさら」
「ええー。男には女キャラの操作権渡さないだろ」
とか、
「決め技に使ってたあれ、剛竜なんとか、とか言ってたけど、カエルアッパーだよな。ボクシングの」
「だね、昔のボクシングの動画で見たのかな」
とか、街はエーデの話題で持ちきりだった。そしてやっぱりカエルアッパーに突っ込まれてた。
ローブを脱いでおいてよかった。このタイミングで着ていたら、絶対意識してるって思われる。
まさか、ムービーでここまで話題になるとは思わなかったな。
重要NPCの何人かはプレイヤーに操作を委ねているって公式が発表しているので、エーデに中の人がいるのは周知の事実だったんだけど、どうしたものか。
広場のベンチに腰かけてうつむいていると、
「ユーリさん、具合でも悪いの?」
聞き覚えのある声がした。
リアルでもゲームでも、今日はよく体調を心配される日だなと苦笑しつつ顔を上げる。
目線の高さにライトステップの少年がいた。心配そうに私を見ている。
「私はいつでも元気だよ。トーラスさん」
「だといいんだけど」
トーラスさんは私の隣に座った。
トーラスさんとは、数日で自然とお互いに敬語を使わなくなった。たぶんなんだけど、歳はそんなに離れていないと思う。
「まあ、リアルで体調が悪くても、フルダイブ中は気にならないからね」
そのため、アルクスVRを導入しているホスピスもある。
食事や排泄もあるし、長時間の利用は脳に負担がかかるからずっと仮想世界にいるというわけにはいかないけど、一日のうちに数時間でも安らげる時間があるのは貴重だと思う。
「え、じゃあやっぱり具合が……」
「いや、だいじょうぶ」
実際、朝に比べたら大分楽になっていた。
「――実は、トーラスさんにお話があるんだ。メッセージで呼び出そうと思ってたんだけど、来てくれてよかった」
「ムービーの件?」
やっぱり、察してるか。
「そう。ここじゃあれだから、場所を変えてもいい?」
設定すれば周りのプレイヤーに聞かれないように会話をすることも可能だけど、話の内容を考えると、人目につかない場所の方が都合がいい。
「――わかった」トーラスさんはうなずいた。
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